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葉月(13)
「……え?」
本気だと言いながらも、実はこれも水野特有の冗談なんじゃないか?
ちらりとそう思う。
だけど、足元にしゃがんでいる水野は顔を上げ、真っ直ぐに翼を見つめた。
その真剣な眼差しに、翼は返す言葉を失ってしまう。
お互い見つめ合ったまま数秒の沈黙の時間が流れ、水野が口を開いた。
「さっき、翔太と何があった?」
「な、何って……なんもないけど……」
絡んでくる視線に耐え切れずに、目を逸らそうとすれば、水野の指が、絆創膏を貼った部分をなぞるように動く。
「……っ」
「誤魔化さんといて」
いつもの軽い口調とは違い、少し低い諭すような声音で言われて、翼は仕方なく水野へ視線を戻した。
「とうとう告白でもした?」
「……は? ……俺が翔太に何を告白するって言 うねん」
カーッと顔が熱くなったのが分かる。
だけどこの薄暗さだ。公園に設置されている街燈は少ない。顔色までは水野からは見えないはずだと翼は思っていた。
「違うんか? ほな何でそんなに動揺しとぉの?」
「ど、動揺なんかしてへん……」
「さっきも言 うたけど、僕はキャッチャーやねんで。好きな奴の変化くらい、声や仕草だけでも分かる」
翼は、今すぐ立ち上がって逃げ出したい衝動に駆られた。
だけどそれも出来そうにない。水野が翼の足首をしっかりと掴んでいるからだ。
「さっきから、俺のこと好き……って、何わけ分からん事言 うとぉ? 俺は男やで?」
「男やってことくらい知っとぉよ。翼くんが翔太のことを好きやってことも知っとぉよ」
グイッと、膝を左右に割られて浴衣の裾がはだけ、開かされた脚の間に水野の身体が割り入ってきた。
「ちょっ、何しとぉ!」
ベンチの背もたれに、翼を挟むように両手を突いて、至近距離に水野が顔を近づけてくる。
慌てて身を捩るも、挟み込まれた身体は逃げようがない。
「入学式で見かけた時から気になってた。今考えたら一目惚れやったと思う。翼くんがいつも試合を観に来てた事も知っとぉよ。翔太だけを見てた事も……」
「そ、それはっ、翔太は幼馴染やから!」
目の前に迫る水野から逃れようと、頭を後ろへ引けば、頬を両手に包まれて固定されてしまう。
「幼馴染ってだけやないんやろ? 言 うたやろ? 翼くんは僕と同じ匂いがするって。だけど翔太は、こっち側の人間じゃないで?」
「わ、分かってるわ、そんな事……。翔太はただの幼馴染や。俺は、翔太に対してそんな風に思ってない……」
今まで誰にも言ったことのなかった想い。それを見破られていた事に、翼は激しく動揺していた。
自分の本当の気持ちを、水野の前で認める事は、どうしても避けたかった。
「ほな、翔太のこと何とも思ってないんなら、僕と付き合 うてくれる?」
「い、いや、それとこれとは、また話が別やん。俺は、水野の事、よう知らんし……」
「僕のことは、これから少しずつ知ってくれたらええよ」
「や……、まっ……」
たれ目気味の柔らかい印象の瞳の奥に、ゆらり揺れる炎のようなものを感じた。それが今までの水野の雰囲気を、ガラリと変えたように思える。
その眼差しが、妙に色っぽい。
心臓の音がヤバいと強く鳴っている。まるで遠くで響く警鐘のように。
「キス、してもええ?」
「あ、あかんっ」
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