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葉月(16)
電車の中で、さりげなく自分のことを庇って立っていた水野が、ふと翼の脳裏に過る。
普段の軽薄そうな態度は、もしかしたらポーズのようなもので、本当は周りに気配りのできる人間なのかもしれない。
そうでなければ、野球部員に慕われて、ましてやチームをまとめる主将をできるわけがない。
(やけど……好きとか言われてもな……)
繋いでいる水野の手は、汗が滲み出しそうなくらい熱い。
でも、男同士で手を繋いでいるこの状態は、誰かに見られたら恥ずかしいという気持ちがあるだけで、別にドキドキするわけでもない。
翔太と一つの傘の中に入って、肩が触れただけで心臓が壊れそうに高鳴ったあの時とは、やはり違うのだ。
「なぁ、もういっそ、僕と付き合ってみーへん? 僕、翼くんになら、どこまでも優しくなれる気がするわ」
「悪いけど、無理」
「ホンマ、ツレないなぁ、翼くんて。もうちょっと悩んでくれたりしてもええのに、即答やねんもん」
水野は、きっといい奴だと翼は思う。だけど付き合うとなったら話は別だ。
今の翼は、翔太のことが頭の中の大半を占めている。受験のことも、将来のことも、二の次なのだ。
だけど、その一方で、どんなに好きでも、ずっと一緒にいられない事も分かっている。
自分はこの先も、ずっとこのままなのだろうと思う。
誰かと幸せになれる未来は、少しも見えない。
過去に女の子と付き合ってみた事もあるけれど、やはり上手くいかなくて、2、3回デートをしただけで、すぐに別れてしまった。
翔太じゃなければ駄目だけど、翔太とハッピーエンドの未来も考えられなかった。
「ほんなら、恋人じゃなくてもええから、友達から始めへん?」
「……友達?」
翼よりも頭一つ背の高いところにある顔を見上げれば、水野は人懐っこい瞳を細めて、柔らかく笑った。
「……それなら、ええけど……」
ただの顔見知りから、友達になるだけだ。
「ホンマ?! ほな、スマホ! 連絡先教えて」
「ええけど、さっきみたいな事は、もうすんなよ! それが条件やで!」
そう言いながらも、翼はスマホを取り出した。
「さっきみたいな事って……キスか? そら翼くんが、また僕に隙見せたら分からんって言 うたやん……」
「水野……お前なぁ……」
「あ、名前、良樹や。良樹って呼んで。僕も翼って、呼び捨てにしてええ?」
「嫌や」
「よっちゃん、でもええで? な? つ、ば、さ」
「絶対、嫌」
翼の家まで続く上りの坂道は、段々と、慣れない下駄で歩くのは、やっとな程に斜度がきつくなっていく。
「キッツいな、この坂。よう毎日こんな坂上ってんなぁ。あ、だから足腰鍛えられて、翼は走るの速いんや」
「気安く呼び捨てんな」
(こいつ、俺が短距離得意な事、知ってるんや……)
入学式の時から、翼のことが気になっていたと言った水野の言葉に嘘はなく、好きだという気持ちは本当なのだろう。
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