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葉月(17)

「あ、そや! 翼は、抜く時はどうしてる?」  唐突な質問に、翼は思わずに足を止めて水野を見上げた。 「は?」 「オナニーや、オナニー。マスターベーシ……っ」  翼は咄嗟に彼の口を手で塞いだ。水野の途中で遮られた言葉は、翼の手の中でくぐもった音になって響く。 「あ、あほ! でかい声で言うなや、そんな事!」  塞いだ手を外して、水野と繋いでいた手も振り払い、翼はそう言って、カラカラと下駄の音を響かせながら先を歩き始めた。 「あー、もう、ホンマ恥ずかしがり屋さんやな、翼は。男同士で友達なら、そんな話もするやろ?」  水野は、それでもめげずに後をついてくる。 「せーへんわ、そんな話題」 「えー? そうなんや。でも、キスはあかんかっても、抜き合いっことかは、友達同士でしてもええと思うねん」  翼は大きな溜め息を吐きながら思う。 (前言撤回や、こいつ、全然ええ奴なんかやないわ!) 「そんなもん、友達同士でもせーへんやろ」 「ほな、翼は、どれくらいの頻度でしてる? 二日に一度はやらんと身体に悪いねんで。僕なんか部活も引退したし、すぐ溜まってまう……」  堪らずに、翼は足を止めて、振り返った。 「あのなぁ……っん!」  文句の一つでも言ってやろうとした唇を、水野の指に摘ままれて、言葉を途中で止められてしまった。 「あはっ、さっき僕の口を塞いだ仕返し」  語尾に音符マークでも出そうなくらい楽しそうに、水野は笑いながらそう言った。 「んーーーーっ」  その手を振り払おうと必死に抵抗するが、ギュっと摘まんでいる指の力が強くて簡単には外れない。 「顔真っ赤やで。ホンマ可愛いな。あーもぅ、またキスしたなってきた」  唇を摘まんだまま、水野が顔を近づけてきて、翼は大きな瞳を更に大きく見開いた。 「嘘。今はせぇへんよ。もしかして期待した?」  悪戯っぽい笑顔を見せながらそう言うと、水野はあっさりと翼の唇から手を離した。 「しっ、してへんわ! 期待なんか! お前、もうええから帰れ。俺の家、あそこやから」  坂を上がりきった所に、翼の家が見えてきている。 「あー、あそこか。もう覚えたし、また今度遊びに行くわ」 「勝手に決めんなよ」 「でも、ほら、僕ら受験生やし、一緒に勉強とかしよ。友達やしな」  やけに『友達』のところを強調するように言って、水野はくるりと踵を返し、元来た道をゆっくりと下っていく。 「み、水野!」  呼び止めた翼を、水野は「ん?」と言いながら肩越しに振り向いた。 「今日は……その……ありがとう。送ってくれて……」  翼の言葉に、水野はくしゃっと顔をほころばせて、とても嬉しそうに笑う。 「ほな、また連絡するわ。あ、抜きたい時はいつでも()うて、いつでも手伝うから」  そう言って手を振ると、水野は一気に坂道を駆け下りて行く。 「な……っ」  最後に残していった言葉に、翼は絶句して、その後ろ姿を唖然として見送った。 (何()うとぉねん、あいつ……)

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