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葉月(18)
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家に帰って時計を見ると、もう22時を回っていた。
「翼、ご飯は?」
キッチンから出て来た母の章子は、パジャマ姿だ。
章子は朝が早いので、いつも23時には就寝する。
「あぁ、ええわ。腹減ってない」
「ほな、早よ浴衣脱いで、お風呂入って……」
そこまで言って、章子は目を見開いて、不思議そうな表情を浮かべた。
「ちょ、アンタ、それどないしたん? 可愛いやん」
何故か笑いながら近づいてくる。
「何が……? あ……」
前髪の辺りに手を伸ばされて、それで思い出した。
水野が射的で落としたピンクのパッチンピンだ。
「な、なんでもない。ツレがふざけて付けただけや」
翼は慌てて二つのパッチンピンを外して、後ろへ隠す。
そして、「俺、風呂入ってくるからっ」と、章子から逃げるように浴室へ向かった。
*
身体を洗っている時に、足の指の間に絆創膏を貼ってある事を思い出した。
さっきは暗くてよく見えなかったので気がつかなかったが、水野が貼ってくれた絆創膏は、薄いピンク地に白い猫のキャラクターがプリントされている。
(あいつ……ピンク好きなんか? しかもこんなキャラクターのん持ち歩いてるなんて……)
「……変なやつ……」
独り言を呟きながら、思わず小さい声で笑ってしまった。
湯船に浸かると、自然と大きな溜め息が漏れる。
少しぬるくなった温度の湯が心地良い。
(今日は何だか疲れたな……)
話の流れで、つい翔太にぶちまけてしまった告白と……
「あぁーーーーっ!」
思い出すと、どうしようもなく後悔が押し寄せてきて、翼は思わず声を上げて湯の中に頭を突っ込んだ。
翼の声と、ザブッと大きな水音が浴室に響く。
「どないしたん? 翼?」
廊下の方から、母の心配する声が聞こえてくる。
「なんでもないーー」
大声で、それに答えた後、翼は頭を抱え込んだ。
(どないしょぉ……)
——キスしてしもた……。
まだ言葉だけなら、後で『冗談だや』と言えば、何とかなったかもしれないのに。
幼馴染だからこそ絶対言えないはずだった『好き』という言葉。
意味の違う『好き』と『好き』の境界線を、キスをした事で、自分から超えてしまったのだ。
そっと自分の唇を指先でなぞってみる。
押し付けた時の、あの柔らかい感触をまだ覚えている。
至近距離に見えた、翔太の驚いた顔を思い出すと、胸が締め付けられる。
「翔太……好きや……」
今まで声に出して言ったことのなかった言葉を、もう一度小さく呟いてみると、もっと切なくなってしまう。
絶対ありえない事だと分かってるいるけれど、もしも翔太も同じ気持ちでいてくれて、自分の気持ちに応えてくれたなら……。
つい、そんな自分に都合の良い方を想像してしまう。
もしそうだったなら、翔太はあのまま自分をギュッと抱きしめてくれたんだろうか……。
もしそうだったなら、もっと深いキスができたんだろうか……。
想像の中の翔太は、翼の耳元で囁いてくれる。
『俺も好きやで……翼』
翼は左手で唇をなぞりながら、右手を湯の中の下腹部へと伸ばしていった。
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