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葉月(21)*
心地よい風が入ってきている窓を閉め、エアコンのスイッチを入れて、温度を低く設定し、翼はベッドにダイブする。
頭からすっぽりとタオルケットを被って目を固く瞑る。
早く眠ってしまいたかった。現実から逃げたかった。
だけど、時間が早すぎるからなのか、頭の中で何度も夏祭りの公園での、あのシーンが浮かんできて眠れない。
翼はベッドヘッドに置いたスマホに手を伸ばした。
写真アプリを立ち上げて、お気に入りフォルダを開く。
そこには、カメラで撮った翔太の写真を、いつでも見れるように保存してある。
一番最近撮ったのは、あの高校野球地方大会2回戦の最終回。翔太のバットに白球がジャストミートしたあの瞬間を撮った写真だ。
(翔太の写真、全部削除した方がええんかな……)
忘れるためには、その方が良いのだと思う。
ピンチアウトすれば、翔太の精悍な表情が画面いっぱいに拡大された。
「翔太……」
スマホの画面に唇を寄せ、翼はゆっくりと目を閉じる。
名前を呼んでみれば、頭の中にあのしなやかで逞しい翔太のシルエットが浮かぶ。
『翼……』
強くて男らしくて、それでいて甘く響く、聞き心地の良いバリトンボイスが耳を掠める。
翔太の匂いも、身体の温度も、頭の中で再生できる。
さっきまで、それを感じられるくらい近い位置に居たのだ、翔太が。
柔らかい唇の感触を思い出しながら、翼はもう一度冷たいスマホの画面にキスをした。
タオルケットの下で、ゴソゴソとズボンと下着をずり下げて、硬くなり始めたそこに指を絡めれば、もう後は止められなかった。
いつも翔太を想像しながら自慰をした後は、後ろめたさに後悔すると分かっているのに。
――『抜きたい時は、いつでも言 うて。手伝うから』
ふっと、水野の声が頭を過る。
(頼むから、今は出てくんな……)
卒業して、翔太が遠くに行ってしまえば、今すぐには無理でも、少しずつ忘れる事もできるかもしれない。
そうしたら、その時は水野のことを真剣に考えられるかもしれない。
明日からは、絶対に忘れる努力をするから……今夜だけは……
――今夜だけは許してほしい。
妄想の中の翔太に抱かれて眠ることを。
頭の中でリフレインする水野の声を振り切るように、翼は半身を扱く手を速めていく。
夏服の袖から覗いていた逞しい腕や、自分の手首を掴んだあの節くれだった指を思い浮かべて。
強く抱きしめられて、優しく触れられて。
「……っ、ん、しょぉ……た……翔太……翔太……ぁ……」
何度も何度も、愛しい人の名前をタオルケットの下で、声を押し殺して呼ぶ。
こんな事をしても、虚しいだけだ。
ただの妄想だ。
後で後悔する事も分かっているけれど……。
今だけは、何も考えずに絶頂へと駆け上っていく。
『翼……』
翼にだけ聞こえる声に包まれながら……。
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