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長月(1)
――――長月
今日から2学期が始まる。
制服の白い半袖シャツに、男子はネクタイ、女子はボウタイ。まだ充分に暑い夏の日差しに、汗がじわりと滲んでくる。
学校へと向かう道。
笑い声、話し声。
いつもと同じ朝。見慣れた風景だ。
真っ黒に日焼けしている生徒を見かけると、高校最後の夏休みが終わったのだと実感する。
いつもと同じなのに、少し違う。
翼の足取りは重い。胸の奥に何かが詰まったように苦しい。
勉強は好きではないけれど、学校に行くのが嫌だと思ったことは一度もなかったのに。
俯き気味に歩いていた翼は、そっと盗み見るように顔を上げ、前方数十メートル先へ視線を向けた。
学校へ向かう大勢の生徒達の間に見え隠れしている広い背中が、翼の足を重くしている。
追い付いてしまわないように、でもその背中がこれ以上遠くに行ってしまわないように、自然に歩幅を彼に合わせて歩いていた。
——『実は、W大のセレクション、受けてみーへんかって、監督に勧められてる』
夏祭りの時、セレクションは来週だと翔太は言っていた。
(ちゃんと受けたんやろか……)
どんなだったんだろう。結果はもう分かっているんだろうか……。
聞きたい気持ちはあるけれど、顔を合わせる勇気はない。
翔太に、今までと違う視線を向けられてしまったら、もうそれこそ学校に来るのが嫌になってしまいそうだった。
「つーばーさー! おはよう!」
考え込みながら歩いていると、聞き覚えのある声に呼ばれて、同時に後ろからグイッと肩を抱かれた。
「……くっつくなっ、水野! 暑いやろ」
肩に置かれた手を引き剥がそうと抵抗すると、水野は余計に力を入れて、ベッタリと身体がくっついてしまう。
「ええやろ? 男同士の友情のスキンシップやん」
「あーもぅ、朝っぱらから鬱陶しいやつ……」
思いっきり嫌そうな口調で言ってみても、水野はちっとも動じない。
「あ、ゆうちゃーん、おはよう。今日も可愛いね」
水野は、周りに知り合いを見つけると、翼と肩を組んだまま、気軽に声をかけたりする。
あの夏祭りの夜から、水野は毎日のように、翼に連絡をしてきた。
それは電話だったり、メッセージだったり。1日に何度も何度も。
メッセージに既読を付けなければ、電話がかかってくる。
残り僅かだった夏休みの間に、『どっか遊びに行かへん?』と何度も誘われたが、その度に翼は、予備校があるからと断っていた。
勿論、毎日予備校があるわけではなかったが、そうでも言わなければ、家まで押しかけて来そうな勢いだった。
「あっ、あれ、翔太やん! 翔太ー!」
さっきまで、数十メートル先を歩いていた広い背中が、今はすぐそこに見えている。
水野のペースで歩かされてしまっていた為に、翔太との距離が、いつの間にか縮まっていたのだ。
(あ、アホ……声かけんなや……)
白いシャツの広い背中が立ち止まり、胸が騒めく。
ゆっくりと振り向く翔太の横顔が見えて、翼は思わず俯いてしまった。
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