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長月(3)
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「努力した者すべてが報われるわけではない。しかし成功した者は、みんな努力をしている」
SHRで担任が誰かの言葉を引用して、受験に向けての姿勢を話していても、今の翼の頭には入ってこない。
——『二人、随分仲良ぉなったんやな』
明らかにいつもと違っていた翔太の、声が言葉が、耳にこびりついて離れなかった。
やっぱり、翔太に嫌われてしまったに違いない。
男にキスされて、嬉しいわけがない。
もう今まで通りには翔太と接することはできない。
もう、翔太には会うこともできないんだ。
もう、ただの幼馴染には戻れない……。
————好きすぎて。
そう考えると、胸がギュッと苦しくて、息ができなくなってしまう。
「おい、どないしてん? 翼」
息苦しさを紛らせようと、肺いっぱいに空気を吸い込んで深呼吸していると、瑛吾が心配そうに顔を覗き込んでくる。
いつの間にかSHRは終わり、始業式が始まる時間までクラス全員で教室の掃除をすることになっていた。
「……いや、なんでもない」
「なんか体調悪そうやけど……ほら、これ持って、取り敢えずポーズだけでもしとけ」
そう言って、瑛吾が翼の手に、ほうきを握らせた。
「あ、ああ、悪い……」
「勉強疲れか?……って、翼に限ってそんな事は、ありえんけどな?」
「そんなアホな。俺は影で隠れて努力するタイプやねんで……は、はは……」
いつものように冗談で返そうとするが、その笑顔は誰が見てもぎこちない。
「お前、ホンマにどっか具合悪いんちゃうん? 大丈夫か? 始業式の後は英語のテストやで?」
「あ……そういや、そうやったなぁ……」
翼は、すっかり忘れていたが、夏休み明けは、出された宿題の問題集で本当に力を付けたかどうかの確認の意味のテストがある。それが今日から短縮授業の間、3日間続くのだ。
「知っとぉか? 今日はテストの後、LHRで頭髪検査するって」
「え? 学祭の準備するんちゃうん?」
翼の高校は、9月の第2週に学祭がある。
学祭の準備は、もう1学期から始まっていて、夏休みの間もクラス登校日を決めてコツコツと進めてきた。
「それは、頭髪検査の後やって。お前、髪の色、ヤバいんちゃうん?」
「あ? あぁ……そう言えば、黒くしてこいって夏休み前に、担任に言われてたわ……」
そんな事、すっかり忘れてた。それどころじゃなかった。
「素直にごめんなさいって言 うとき。そうでないと白髪染めで真っ黒にされるで」
「はぁ……そっか……もう、どうでもええけどな」
そう言って、翼はフワフワしている前髪を1束引っ張ってみた。
「真っ黒も偶にはええかもな……」
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