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長月(4)
*
頭髪検査は、廊下側の席から順番に担任がチェックしていく。
2学期の始まる最初の日に頭髪検査をする事は、夏休み前に配られた学年通信に予定が書かれていた。
抜き打ちじゃないのだから、校則を破っている者は滅多にいない。
翼のクラスも、担任のチェックはスムーズに進んでいた。
窓際の一番後ろの翼の席までは。
「青野ー。分かってるよな? まさかそれ、地毛だとかは言わんよな?」
「あ……はい。ごめんなさい」
瑛吾に言われた通り、素直に謝った翼に、周りは思わずクスクスと笑い声を漏らしてしまう。
「お前なぁ、ごめんなさいで済んだら警察いらんねんで? 休み前にも注意したやろ? 何べん言 うても直してけぇへんのやったら、俺が染めたろか?」
職員室に白髪染めが置いてあるという噂がある。
何度注意しても直してこない生徒は、その場で真っ黒に染められるらしい。
だが、それがただの噂なのか真実なのか、本当のところは誰も知らない。
だいたい風紀検査なんて、殆ど抜き打ちでやる事もないので、そこまで酷い校則破りな生徒がいないからだ。
担任が口癖みたいに『白髪染めで染めるぞ』と言うのも、最後の切り札的な脅し文句で、本気で言っているわけでもなかった。
「あ……じゃあ、お願いします」
だから、翼のその返事に、担任も他の生徒達も驚いて教室内が騒ついた。
「つ、翼、マジで言 うてんの? 不自然に真っ黒にされてしもたら、どないすんねん」
前の席に座っている瑛吾も、慌てて振り返り、翼を止める。
「あ、あぁ、ええねん。俺、直すって約束しても、どうせまた忘れてしまいそうやし……面倒くさいから先生に染めてもらう」
髪の色なんて、本当はどうでも良かった。
野球をやめて、高1で部活もやらなくなって、元々色素の薄い髪の色をもっと明るい色にしてみたりしたのも、理由は一つだった。
翔太を意識して、少しずつでも距離を取ろうと思っていたからだ。
——もう、そんな事を気にしなくても、決定的な距離ができてしまった。
「あー、静かに! 頭髪検査はこれで終わり! 後は学祭の準備に取り掛かるように」
ザワザワとしている生徒達に声を掛け、担任は翼へ視線を戻した。
「青野、ちょっと職員室行こか」
翼は、上目遣いに担任を見上げ、素直に「はい」と応えて立ち上がった。
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