64 / 198
長月(7)
**
小百合先生に染めてもらった髪は、一見黒いが、光の加減で茶色く見えるくらいの自然な仕上がりだった。
「ほら、この方が艶も出て綺麗でしょ?」
鏡を覗き込んでいる翼に、小百合先生は、カラーリングの道具を片付けながら声を掛けた。
「はい……あの……ありがとうございました」
そう言って振り返った翼に、「三島先生、ええ先生だよね」と言って、彼女はにっこりと微笑む。
「はい……」
さっき頭の上から落ちてきた、担任の声を翼は思い出していた。
キツくはなく、優しすぎるわけでもない。
それは、夏休み前の三者面談の帰りに、日傘を広げながらポツリと呟いた母の声と、どこか重なるような気がする。
――『ホンマに……自分のことやねんから、ちゃんとしいよ』
どちらも、なんとなく心に響く、いつまでも忘れられない声だった。
****
教室に戻ると、学際で使う衣装の試着が始まっていて異様に盛り上がっていた。
翼のクラスの出し物はメイド喫茶だ。
しかも、メイド服は男子が着る事になっていて、女子は主に調理担当になっている。
給仕役の女子もいるがメイド服を着るのは男子だけなのだ。
メイド服を着る男子はクラスで10名。その中に何故か翼も入ってしまっている。
誰がメイド服を着るのが良いか、一人ずつ紙に名まえを書いて、投票で決めたのだ。
『まぁ、翼が着ることになるのは、最初っから決まってたようなもんやからな。諦めろ』
票を開けてみれば、クラスの殆どが翼の名前を書いていて、嫌だと文句を言う翼に瑛吾は笑いながらそう言った。
教室の戸を開けて中に入ると、クラス全員が作業の手を止めて、一斉に翼に注目が集まる。
「翼くん、可愛い!」
「おお、黒髪もええやん」
「メイド服が更に似合いそう!」
一人の女子がメイド服を抱えて翼に駆け寄ってきた。
「これ、翼くんの分。ちょっと試着してみてよ。翼くんならサイズは大丈夫やと思うけど、合わんかったら直すから」
既に試着している男子もいる。
コスチュームはバラバラで、スカートはミニ丈のものもあれば、ロング丈のものもある。
翼の衣装は、どう見ても短いような気がする。
「お、俺……ロングの方がええんやけど……」
「大丈夫。ミニって言 うても、そんなに短くないし! ほら! 早 よう着てみて」
メイド服をグイグイと押し付けられて、翼は後ずさりする。
「や、でも……これ、どこで着替えるん……」
「何言うてんの。ここで着替えたらええやん。男子のくせに恥ずかしがる事ないやろ?」
「い、いや、恥ずかしいわ!」
ともだちにシェアしよう!