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長月(9)
「ちょっとー、着替えたんやったら早 よ見せて」
女生徒に急かされて、周りを囲っていた男子が翼から離れていく。
「わー! やっぱり思った通り、翼くんが一番似合うわー」
教室内にいる生徒達の視線が一斉に翼に注がれた。
「……翼……?」
ちょうど当日に使う紙皿やコップを調達しに行っていた瑛吾が帰ってきて、教室の入り口でダンボールを抱えたまま立ち尽くしている。
「あとは、これ付けるから、ちょっと屈んでくれる?」
それはレースを巻いたカチューシャで、ホワイトブリムと呼ばれる、メイドの頭飾りだ。これを付けると一気にメイドっぽく見える。
「んー、どうしよう。黒髪のウィッグも用意するつもりやってんけど……このままでもええかなぁ……」
女生徒は真剣に悩んでいるようだが、翼にとっては、ウィッグなどどうでもよくて、早くこの恥ずかしい状態から逃れたくてたまらなかった。
「ねぇ、ウィッグ使うなら、大きめのざっくりしたルーズな三つ編みと、ツインテール、どっちがええかな?」
「う……ん……」
さっきから、慣れないスカートの下がスースーして何とも頼りなく、フワフワしている裾を、両手でえ押さえながらモジモジしていて、女生徒の質問も上の空だ。
「そりゃ、大きめざっくりルーズな三つ編みでしょ!」
「いや、絶対ツインテールの方が、ええに決まってる」
翼の代わりに、何故か周りの男子達が答えたのだが、意見が真っ二つに分かれて、大騒ぎになってしまった。
「あーもう、静かに! じゃあそれは、当日メイクする時に決めるとして……胸はどうしようか……他の男子もだけど、パットいれて膨らませた方がええ?」
「パットって……もしや?」
「ブラ付けて、その中にパット入れたらどうかなと思うんやけど……」
これには、さすがの翼もスルーできなかった。
「ぶっ……ブ……い、いや、それはいらんやろ」
しかし、この件もクラスの意見が真っ二つだった。
「思いっきりパット詰め込んだ方がそれっぽいんちゃう?」
「アホなこと言 うな、ルーズな三つ編みに貧乳な幼いイメージで、エロいメイド服を着てるってのがええんやないか!」
また教室内が大騒ぎで、準備どころではなくなったところでチャイムが鳴った。
今日は午後からの居残りも禁止なので、パットの件は、結局本人に任せるということにして、生徒達は作業途中の道具を片付け始めた。
翼は、もう一度周りを布で囲ってもらい、急いで制服に着替えた。
(まさか高校生活最後の学祭で、こんなもん着る羽目になるとは……)
学祭当日は、ほぼ一日中これを着ていなければならないのかと思うと、憂鬱で溜め息しか出なかった。
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