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長月(10)
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「腹減ったなぁ。なんか食うてく?」
「そうやなぁ……」
もう1時を回っていて、確かにさっきから空腹で腹の虫も何度も鳴っている。
学校から歩いて帰れる距離の翼にとっては、家に帰って食べる方が早いのだが、今日は何となく瑛吾達と寄り道をしたい気分だった。
一人になると、どうしても翔太のことで、グチグチとまた悩んでしまう。
しかし、三人でどこに行くか相談しながら廊下へ出た翼の目の前に、今の最大の悩みの張本人が壁に凭れて立っていた。
「……翼……」
クラスは1組と6組で距離も離れているのに、翼の教室の前で立っていて、まっすぐに目を合わせ、名前を呼んできたのだから、翔太は間違いなく翼を待っていたのだ。
「……おぅ……」
だけど、翼はどうしても翔太の顔を真正面から見ることが出来ずに、小さな声で応えながらも、つい視線を逸らしてしまう。
「あ、俺ら、先行ってるな。下で待ってる」
気を利かせて離れていく瑛吾と健を目で追う翼に、翔太が後ろから話しかけてくる。
「ちょっと話したいんやけど、時間あるか?」
「……話って……急ぎ?」
「……いや……そういう訳やないけど……」
「ほな、またにしてくれるか? 瑛吾らと約束してるし……時間ないねん」
そんなやり取りをしている間も、翼は翔太から目を逸らしてた。
翔太が、今どんな表情をしているのか、見るのが怖い。
自分のことを、どう思っているのか、知るのが怖かった。
「ほな……また……」
「待てって、翼!」
一度も目を合わせることもなく歩き出した翼を、翔太が追いかけて、後ろからその腕を強く掴んで振り向かせた。
一瞬だけ目が合った。が、翼はまたすぐに逸らしてしまう。
「……翼……」
目が合ったのは、ほんの一瞬だったけど、翔太の顔は、すごく辛そうに見えた。
それが翼の胸を、切なく締め付ける。
自分があんなことをしたせいで、翔太を苦しめてしまっている。
——今の翼には、そうとしか考えられなかった。
「……俺のことは、放っといてくれたらええから」
やっとの思いでそう言って、翼は掴まれた腕を振りほどき、翔太から逃げるように、全速力でダッシュした。
後ろから翔太が追いかけてくる気配はしない。
だけど翼は、走る速度を緩めなかった。
「こら! 廊下を走るな!」
すれ違った教師の怒声が飛んできても、振り返りもせずに。階段も二段飛ばしで下りていく。
ドタドタと派手に階段を蹴る音がこだまするように響いている。
「あれ? 翼? どうしたん、そんなに慌てて」
しかしスピードを緩めずに二階の踊り場まで行くと、そこに立っていた水野に両手を広げて前を塞がれて、勢い余ってその胸にぶつかってしまう。
水野に抱きとめられる形で、翼は足を止めさせられた。
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