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長月(14)
「はい、出来たよ! あ、靴はこれ履いてね」
そう言って、女生徒が翼の足元に置いたのは、甲の部分をストラップで固定するタイプのエナメルの黒い靴。
少し厚めの靴底で、踵は低め……と言っても5センチくらいはありそうだ。
「え、なんで俺だけ?」
他のメイド役の男子達は、みんな自前のスニーカーだったり、黒のローファーなどを履いている。
「だって、予算的に翼くんの分しか用意できんかってんもん」
「いや……だから、それやったら無理して俺のだけ用意せんでも……」
「ええの! 翼くんは完璧に仕上げたかってんもん。文句言わんといて」
文句を言いたい訳じゃない。少ない予算の中で無理しなくてもいいじゃないか。そう言いたかったのだが、折角用意してくれた物を使わないわけにもいかずに、翼は渋々靴を履き替えて、椅子から立ち上がった。
「みんなー見て見て! メイド翼が出来上がったよー」
女生徒のひと声で、待ってましたとばかりに、翼の周りにクラスメイトが集まってくる。
「おー、ええやん! どこから見ても美少女メイドにしか見えへん」
「バリ可愛い」
「ちょ、写真撮らせて……」
開場まで、もう時間もあまり無いというのに、みんなスマホを取り出して、ちょっとした撮影会が始まってしまった。
「俺……こんな身近に美少女がおるなんて、今まで気ぃつかんかった……」
瑛吾や健までもが、ちょっと興奮気味にバシバシと何度もシャッターを切る。
「ちょ……お前ら、いくらなんでも女の子にしか見えへんは言い過ぎやろ? やっぱり男がこんな格好しても、お客さん、来 ーへんのちゃうかな?」
学祭当日になって今更だが、翼は真面目に心配になってきた。
クラスの出し物は、『メイドカフェ』なのだ。
あくまでメイドを売りにしているわけで、チラシなどを見たお客さんも、『メイド』目当てでやってくるに違いない。
それが来てみたら、メイド役は全員男だったなんて、苦情の嵐になりかねないんじゃないかと。
普通に女の子がメイドになった方が、喜ばれるに違いないと思う。
「大丈夫や。ホンマに可愛いから。ほら、見てみぃ」
心配顔の翼の目の前に、瑛吾が今撮ったばかりの画像を見せる。
「え……これ、俺?」
鏡も見てなかったから、瑛吾がスマホで撮った画像で、初めて自分の姿を確認して、翼は小さく驚きの声を上げた。
——確かに……パッと見ただけなら、男だとは分からないかもしれない。
髪型のせいで、翼だということも、すぐには分からないような気もする。
「それにな、チラシにもちゃんとここに『男の娘』って書いてあるやろ? だから大丈夫や、看板に偽りなしや」
健がチラシをピラピラと翼の目の前に翳す。
それは『お帰りなさいませご主人様。3ー6メイドカフェ』とデカデカと書かれているのが目を引くチラシだ。
そして端っこに『可愛い男の娘がお出迎えします』と、付け足すように小さく書いてある。
確かに書いてあるには、あるが……、かなり微妙な気がする。
「——さっ、ということで、もう開場の時間やで! みんな持ち場についてね」
翼の心配を遮るように、女生徒の声が教室内に響いた。
「翼くんには、開場したら、教室の前でチラシを配りながら客引きしてもらうよ。はいこれ、チラシ」
そう言って、女生徒はチラシの束を翼の手に押し付けた。
「——へ? きゃ、客引き?!」
——そんなんやらなあかんなんて、聞いてへんで!!
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