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長月(16)

(適当に時間潰すって言ったけど、さてどうしようか……)  廊下を歩いているだけでも、自分が注目を集めてしまっている気がして、落ち着かない。  そう言えば、言われるままに出てきてしまったから、財布もスマホも教室のロッカーに置きっ放しだ。  エプロンのポケットに、小さく折りたたんだ紙が一枚入っているだけだ。  ——『時間あったら遊びにおいで。特別にマップに印付けておいたから』  今朝、まだ着替える前に6組を覗きにきた水野から渡された1組のスタンプラリーのチラシだ。  広げてみると、スタンプポイントのマップの所々に、黄色のマーカーで印がしてある。  ルールは、学校内のあちこちに20種類のコインが隠されていて、それを見つけて、10カ所に設置されているスタンプが置いてある場所に持って行き、スタンプを押してもらい、全部集まれば豪華景品が貰えるというものだ。  水野が蛍光ペンで印をしてある所に、そのコインが隠されているらしい。 (20個も探せるかよ!)  よく見ると、隠してある場所が様々で、中には『2年3組のお化け屋敷の井戸の横』ってのもある。  これを見ただけで、翼は回る気力を完全に失くしてしまった。  翼は、小さい頃からお化け屋敷とかホラー映画とかが苦手だった。  小学校の低学年の頃、翔太の家族と翼の家族で、一緒に遊園地に行った時に、二人でお化け屋敷に入ったことがある。 『なんや翼、怖いんか?』 『こ、怖いわけないやろ……』  翔太に誘われて、恐る恐る入ってみたお化け屋敷。外は真夏で暑くて汗をぐっしょりかいていたのに、中はエアコンが効いていたのか凄く寒かったことを覚えている。  入り口から入った途端に冷んやりとした風に肌を撫でられた気がして、それだけでビクンと体が震えた。 『だって、さっきからめちゃ震えてるやん』 『さ、寒いだけや……』  最初は強がっていたけれど、突然聞こえてくる大きな音や、上から落ちてくる何かに驚いて、段々足が前に出なくなってしまい、最後はとうとうしゃがみ込んでしまった。 『翼? どうしたん?』 『なんでもない……暗くて前が見えんだけや』 『……って、そんなに真っ暗ちゃうやろ? あっ、翼、目ぇ瞑ってるやん、そら前も見えんようになるわ』 『あ、アホ、ちゃんと目ぇ開けてるわ! そやけど見えへんねん!』  あの時は、『怖い』と、翔太に言うのが恥ずかしかった。だけど目を開けるのが怖くて、もう一歩も動けなかったのだ。 『ほな、翼、手ぇ出してみ?』  翔太に言われて、おずおずと出した手に暖かい翔太の手が重なって、ギュッと握られて、びっくりして目を開けた。  真っ暗だと思っていた周りが意外に明るいと感じた。  翼の目の前には、同じようにしゃがんで、自分を見つめる翔太の瞳が見えたから。 『翼、ほら見てみ、あそこに光が見えるやろ? あれ、外の光や。あそこが出口や』  そう言って、翔太が指をさしたその先には、確かに光がチラチラと見えていた。  出口で、のれんのような黒い布が風に揺れて、外の光が射し込んでいたのだ。 『あとちょっとや、立てるか?』  ギュッと握った手を優しく引き上げられて、翼は立ち上がった。 『うん』  そこから出口までは、翔太がずっと手を引いてくれたから外に出ることができたんだった。  

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