74 / 198
長月(17)
(アイツ、あんな小さい頃からカッコ良かってんな……)
お化け屋敷が怖いなんて、ちょっと恥ずかしくて懐かしい日を、マップに描いてある下手くそなお化けの絵を見て思い出した。
いつも翔太と一緒に居ることが当たり前で、まだ好きだと自覚していなかったあの頃。今、改めて思い起こせば、翼の記憶の中の翔太はいつでもどんな時でも、カッコ良くて、気が付けばいつも、さりげなく助けてもらっていた。
少年野球の試合の前に、翼の背中をポンポンと叩いてくれる、あの儀式もそうだった。
これからもこうして、何かにつけて思い出すのだろう……翔太のことを。
翼は、小さく溜め息を零して、もう一度スタンプラリーのマップに視線を落とした。
どこか座れる所に行きたい。メイドコス用に貸してもらった靴の5センチの踵が、時間が経つにつれ少し辛くなってきていた。
中庭の模擬店なら、ちょっとした飲食スペースもあるのだが、学祭で使える金券を教室のロッカーに置いてきてしまった財布の中に入れたままだ。
今から教室に戻るのも面倒だし、第一、このメイドスタイルで、人の多い飲食スペースに行くのも気が引ける。
廊下の窓に凭れて、マップを隅々まで見ていると、水野が付けてくれている黄色の蛍光ペンの印の中に、ひとつだけ、ピンク色で塗りつぶされている教室があった。
場所は、1号館の4階。旧図書室だ。
今は新しい図書室あるので、そこは普段は使われていない。
古い本や、修理が必要な本などが置かれていて、司書の先生と図書委員くらいしか出入りしていない筈の場所で、確かいつも鍵がかけられているのだが、今日だけ特別にコインの隠し場所に貸してもらえたのか。
そこだけピンクで書かれていて、やけに目立っているのは何か意味があるのか気になった。
そしてその横に、『入り口を入って、一番右側の奥の棚。下から二段目』と同じピンクのペンで書かれている。
同じペンという事は、多分これも水野が書いたものだろう。
(だけど……なんでここだけピンクなんやろ……黄色のペンが出なくなったんか?)
「可愛いメイドさんやね。どこかでメイドカフェでもやってるの?」
マップとにらめっこしながら考えていると、突然声を掛けられて顔を上げた。
声を掛けてきた男の人は、私服だし、うちの生徒ではないのはすぐに分かった。翼よりは年上に見えるから大学生か。もしかしたらOBかもしれない。
「はい、3年6組でメイドカフェやってます。教室は3号館の3階で……」
「あれ? なんや、男の子?」
教室の場所を説明しようとすれば、途中で男が驚いたように顔を近づけてくる。
見た目は女に見えても、声で男だとはっきりと分かってしまうのは仕方がない。
「あ……すみません、男です。メイドカフェでメイド役しているのは全員男なんで……」
その人は完全に翼のことを女だと思っていたらしく、申し訳ないやら、恥ずかしいやらで、顔が熱く火照ってしまう。
「へえ、そうなんやー。でも可愛いなぁ。どこから見ても可愛い女の子にしか見えへんわ」
「ど、どうも……」
頭の天辺から足の爪先までジロジロと見られて、あまり良い気分はしない。
ともだちにシェアしよう!