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長月(20)
むっとする暑さと、埃っぽい匂い。
分厚いカーテンの隙間から射し込む一条の光の部分にだけ、部屋に浮遊している埃や塵がはっきりと見える。
光の方ばかり見ていたら、太腿の辺りを机の角にぶつけてしまい、ガガガッと引き摺るような派手な音が立った。
「いってー」
なんとか窓まで辿り着き、一枚カーテンを開けただけで、眩しい日差しが真っ暗な部屋を一気に明るく照らす。
この部屋は、今翼が立っている南側に窓があるだけで、反対側には窓がなく壁になっていてドアが一つ付いている。
そのドアの向こう側は、今は使っていないだろけれど、司書室と書いてあった。
窓側から反対側の司書室の壁までは、本棚が何列も並んでいる。
『入り口を入って、一番右側の奥の棚。下から二段目』とピンクのペンで示してあった場所は、司書室の壁側にある棚の事だろう。
「それにしても暑いなここ……」
独り言を洩らしながら、翼は窓を開けて外の空気を取り込んだ。
涼しいとは言い難いが、微量でも入ってくる風に少しだけホッとする。
窓の下には、ちょうど中庭の全体が見える。
幾つもの模擬店が並んでいて、まだかなりの人で賑わっている。
「あ……」
中庭の様子を眺めていて、翼は小さく声を洩らした。
『野球部の縁日ゲーム』と書かれた幟の所に、翔太の姿を見つけたからだ。
野球部の後輩達を気にかけて、見に来たのだろう。
隣に、そっと寄り添うように立っているマネージャーの合田の姿も見つけてしまい、胸の奥がキュッと締め付けられる気がした。
「まぁ……あの二人、お似合いやしな……」
溜め息混じりにそう零しながら、窓から二、三歩後ずさると、壁に立てかけてあるパイプ椅子が目に入った。
「おっ、ラッキー」
待望の椅子だ。これでやっと座れると、翼はパイプ椅子を広げ、表面の埃を払い腰を降ろした。
「やっと座れた……」
ストラップを外し、靴を脱ぐと、ささやかな開放感に包まれた。
疲れた脚を、大胆に左右に投げ出して、力を抜いて背もたれに靠れると、一気に瞼が重くなってくる。
水野が書いてくれたコインの隠し場所は、翼の居る位置の反対側だ。だけど一個だけ見つけても意味がないから、もういいかと思う。
ここなら誰も来ないだろう。
窓側の棚の一番奥に位置するここなら、もし誰かが入って来ても、棚に隠れていて見えないだろうし。
寝てしまっても、あの重いドアが閉まる音で、誰かが来たことにも、すぐに気付いて起きるだろう。
そう思うと、緩やかに閉じていく瞼に、翼はもう抗うことは出来なかった。
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