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長月(21)
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まだ熱を残した初秋の風が、分厚いカーテンを揺らし、窓際でうたた寝をしている翼の頬を撫でていく。
時折強く吹き込んでは、耳元でパタパタと布のはためく音を響かせて、翼を心地良い眠りから目覚めさせた。
(……今、何時頃だろう……)
すっかり寝入っていたようで、時間の感覚が曖昧だ。
窓の下を覗くと模擬店はまだ賑わっていて、翼はホッと胸を撫で下ろす。
思っていたよりも、時間は経っていないようだ。
しかし、さっき見かけた翔太と合田の姿を捜しても、もう見つける事は出来なかった。
そろそろ教室に戻った方が良いかもしれないと思いながら靴を履き、ストラップを止めようとしたところで、どこからか声が聞こえたような気がして手を止めた。
「…………」
話し声? とは違う。
――でも、それは確かに“声”だったと思う。
外から聞こえたのではなく、確かにこの図書室の中から聞こえてきた。
だけど、耳を澄ましてみても、もう何も聞こえない。
(気のせいか……?)
そう思った瞬間だった。
――ガタッ……と、何かがぶつかる音がした。
(やっぱり誰かおる……)
まさか、こんなに明るいうちからお化け……なんて事はないと信じたい。
翼は、履きかけていた靴を脱いで手に持って立ち上がる。
足音を立てないように、そっと歩いて、本棚の影から入り口のドアの方を窺う。しかし見える範囲には誰もいない。
「…………っ」
また聞こえた。
さっきの何かがぶつかるような大きな物音は、もっと奥の方……司書室側の本棚の方から聞こえてきたと思う。
もしも誰かが居るのなら、なるべくなら顔を合わせたくない。
このまま、そっと入り口のドアまで歩いて、そのまま外に出てしまおう……。
しかし、息を殺して音を立てないように、慎重にドアの方へと向かう翼の耳に、また“声”が聞こえてきた。
「……い、ゃ……」
今度は、はっきりとした“言葉”だ。
それは消え入りそうな小さな声だったが、確かに“嫌”と言った。
少し線の細い声質。――女の子かな? と翼は予想する。
もしかしたら、何か困ってるんじゃないか……。
さっきの、ぶつかったような音からして、例えば突然出てきた虫とかに驚いたんじゃないか……そう、こんな埃っぽくて、蒸し暑い閉めきった場所に出そうな……黒いやつとか……。
そんな考えが頭を過ぎったが、次に聞こえてきたもう一つの別の声に、翼は一瞬身体を強張らせた。
「……嫌? ホンマに?」
それは聞き覚えのある男の声だった。
それがドアへ向かおうとしていた翼の足を、完全に引き留める。
ただ確認したいだけなのか……それとも好奇心なのか、自分でも分からないけれど。
翼は引き寄せられるように、一番右端の本棚の方へ、ゆっくりと近付いて行った。
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