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長月(24)
(やばっ!)
床に落ちる寸前で止めようとして手を伸ばしたが間に合わなかった。
靴は、ゴトッと鈍い音を立たせて床に落ち、翼は、手を伸ばしたまま、前のめりに倒れ込む。
膝と手を床に突いた状態でフィニッシュ。
上半身が、隠れていた本棚の角から出てしまい、水野達の居る場所からも丸見えだ。
「――誰やっ?」
水野の驚いた声が飛んでくる。
「……お、お邪魔しました……」
苦し紛れに、思わずそんな言葉を口走ってしまい、余計に気まずい。
翼は顔を伏せたまま、ゆっくりと四つん這いの姿勢で後ずさり、また本棚に身を隠そうとする。
メイド姿だし、顔さえ見せなければ、もしかして向こうは翼だと気づかないかもしれない――と、思ったのだ。
だけど、翼が隠れるよりも早く、近づいてきた水野が翼の前でしゃがみ、顔を覗き込んでくる。
「……翼?」
「……え? えーと……いや……ひ、人違いです」
なんとか誤魔化そうと背けた顔を、水野は、くっくっと笑い声を漏らしながらまた覗き込む。
「そんなん言 うても、声で分かるって……」
その時、翼と水野の横を、制服を整えた律が、バタバタと足音を立てながら通り過ぎていく。
彼は、こちらを見ようともせずに、そのままドアを開けて、外に飛び出して行ってしまう。
水野はそれをただ見送るだけで、呼び止めることもしなかった。
「追いかけんで、ええん?」
「だって、こんな可愛い格好した翼を一人残して行かれへん」
しれっと、そんなことを言う水野に、翼はある疑問を感じていた。
「お前、あのリッツって子と、付き合っとぉの?」
「付き合う? 恋人かって事やったらちゃうで。“友達”や」
「友達と、あんなことするん?」
「もしかして……翼、妬いてる?」
しゃがんだ姿勢のまま、水野は顔をぐいっと近づけてくる。
翼は思わず、後ろへ身を引こうとして、バランスを崩して尻餅をつく形になってしまった。
「なっ、なんで俺が妬かなあかんのや!」
「翼……ずっとここで見てたん?」
「ず、ずっとやない……俺、窓際でうたた寝してたんや……教室に戻ろうと思ったら、お前らが……」
その続きを言おうとして、顔が熱くなった。言葉にすることなんて、出来やしない。
「――エッチなことをしてたから、ビックリしたんやね? 『水野は俺のこと好きやって言 うとったくせに、なんであの下級生と?』って」
水野が言ったことは、だいたい合ってると思う。
「……う……」
図星を突かれて言葉が出てこない。
「それって……俺のこと、ちょっとは気になっとるってことや……」
「……ち、ちゃう……そんなんやない……」
またじりじりと距離を詰められて、翼は尻を床に付けたまま、後ろへ後ずさった。
やっぱり今日の水野はいつもと違う。彼が周りに纏っている空気からして違うのだ。
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