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長月(27)
水野と翼が居る場所から入り口ドアまで、遮る物は何もなく、一直線に目が合ってしまった。
「あ……翔太……」
肩越しに入り口を振り向いた水野の声に、翔太が目を見開いて驚いた表情になったのが分かる。
一拍置いて、翔太は「ごめん、邪魔した」とだけ言葉を残すと、入りかけていた足を廊下へ戻し、ドアを閉めて行ってしまった。
「……え?」
思わず声を漏らして、翼は視線を下へ落とし、今の自分がどんな格好を翔太の目に晒してしまっているのかを知る。
床に尻をつき、水野に両脚の上に跨られ、スカートは下着が見えるくらいに捲れ、エプロンの胸当てが下に落ちている。その上、水野の手が両脇に差し込まれている状態だ。
「あ……翔太のやつ、絶対なんか誤解したよね」
笑いながら呑気な事を言う水野に悪意は無いのだろうが、ちょっとイラついてしまう。
「ちょ、ええ加減に退けよ」
水野の胸を両手で思い切り押すと、彼はバランスを崩して後ろへ尻餅をついた。
「もう、乱暴やなぁ」
ボヤく水野を無視して、漸く挟み込まれていた脚が解放された翼は、本棚を支えにしながらヨロヨロと立ち上がる。
「……何怒ってんの? 翼」
背を向けて乱れた服を直してしる翼を、水野が後ろから覗き込んでくる。
「別に……怒ってへん」
「嘘、その声怒っとるやん」
「水野が変なことばっかりするからやろ!」
「変なことって? 翼には何もしてへんやん……」
水野は、まったく悪びれる様子もない。確かに、ちょっとふざけていただけと言えばそれまでなのだけど、でも、引っかかることは一つもない訳ではない。
「だいたいなんで、水野はここに来たんや……あの律って子と……あんな事をする為に来たんか?」
「えー? 違うよ。リッツは偶然後から来ただけで……元々は翼が来るかもしれんと思って来たんやで」
「なんで俺が来ると思ったん」
「スタンプラリーのマップ、ここだけ目立つようにピンクで印書いてたやろ? これだけ目立つように書いてたら、もしかしたら来てくれるかもと思ってん」
そう言って、水野は一番端の本棚の奥へ歩いて行く。
「ほら、ここに隠してたん」
マップに書いていた通り、下から二段目の本の間に、コインが隠されていた。
「これは、翼用に隠したやつで、他のマップには載ってないんやで。メイドカフェが忙しくて、全部回られへんやろから、特別にこれだけ探してくれたら景品あげようと思 て」
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