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長月(28)
「それやったらそうと書いてくれてたら、俺、そのコインだけ取って、すぐどっか行ったし、お前らの邪魔なんかせぇへんかったのに」
自分でも言ってることがおかしいのは分っている。窓際でうたた寝をしてしまったから、水野と律のあの場面に遭遇したのだ。
だけどその事が、翔太に余計な誤解をさせてしまった原因の一つだと思うと、つい責めるような口調になってしまう。
別に水野が悪いわけじゃない。これはただの八つ当たりだという事は自覚している。
(――まぁ、水野がこんな所でしていた内容については、とりあえず置いといて……)
翔太が自分のことを、恋愛対象として見る事は、この先も一生無いと分かっているし、水野との間を誤解されても、別に問題は無い。
だけど、どうしても嫌だったのだ。――他の人間になら、何をどう思われても構わないけれど……好きな人にだけは、誤解されたくなかった。
しかし、そんな翼の気持ちを知らない水野は、また見当違いな事を訊いてくる。
「あれ? やっぱりリッツとの事、妬いてるんや?」
「ちゃうわ! さっきも妬いてへんて言 うたやろ?」
「僕がホンマに好きなんは、心配せんでも翼だけやで?」
「いや、そんな心配なんかしてへん。それよりも心配なんは律って子のことや。お前、好きでもないのにあんな事してるわけ?」
「えー? 酷いわ。翼ったら、ちょっとくらい心配してくれてもええやん」
いつもの調子で冗談で躱そうとするのを、『ちゃんと答えろ』と言いたげに翼が睨みつけると、水野は観念したように苦笑いを浮かべて話し始めた。
「さっきも言 うたけど律は“友達”。あれは“友達同士”でやる“抜き合いっこ”の延長線みたいなもので、“愛”はないね。同じ“友達”でも翼は嫌やって言うから無理にはせぇへんけど」
「お前がそう思ってても、向こうはどうなん? 律って子は水野のこと好きなんちゃうんか」
「いや? リッツは僕のことそんな風に思ってへんし、僕が翼を好きってことも知ってるで。勿論、こんな関係は嫌やってリッツが言うなら、僕も無理にはせぇへんよ」
(え……?)
何もかも知ってて、律も水野との関係を受け入れているという事か……。――それって、友達と言うよりも、まるで……。
頭に過ぎった言葉を思わず声に出しそうになるのを堪えて、翼は口をつぐむ。
そんな翼の様子を見て、水野はふっと口元を綻ばせた。
「僕とリッツと翼……三人には共通点があるの分かる?」
翼は無言で首を横に振り、水野を見上げた。三人の共通点なんて翼には思い当たらない。
「それは、恋愛対象は“男”しか興味がないってこと。でも、そういう同じ嗜好の持ち主と相思相愛になるなんて、なかなかないやろ?」
――だから、僕とリッツのような関係って、僕らには必要やと思わへん? と続けて、水野は翼の肩を抱き寄せた。
「そうでないと、下手したら一生何も経験せんと終わってしまうで? ね?」
「い、いや、俺は遠慮する。そんな関係いらん。一生綺麗な体のままでええ」
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