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長月(30)
「……アホ……そんなんちゃう」
「……って、夏祭りの時にもそう言 うてたけど、別に僕にまで隠さんでもええやろ?」
夏祭りの帰り、水野に今まで誰にも言ったことのなかった想いを見破られていた事に動揺を隠せなかった。あの時は、ただただ、本当の気持ちを水野の前で認める事が、どうしても出来なかったのだ。
「二人の仲が上手くいくように応援したる……なんてことは、僕はそこまで出来た人間ちゃうから言えんけどな……」
水野は、背中に回していた手を解き翼の肩に置きかえて、そっと身体を離してそう言うと、ふっと唇だけで笑みを零した。
「でも同性が好きで、誰にも言えない悩みくらいは聞いてあげれるで」
「…………」
水野の言葉は、ずっと頑なに隠していた胸の奥の深いところを溶かしていくような気がした。
誰にも言えない、言うつもりもなかった想いを、水野になら話しても笑われたりしない。気持ち悪いと思われたりしない。
そう考えると、身体の力が抜けていく。知らずに見えない鎖で、翼は自分を雁字搦めにしていたのかもしれないと思った。
「あーあ、そんなに泣いたら、化粧が流れてまう……」
気がつくと、涙がポロポロと翼の頬をとめどなく伝い落ちていた。
思わず擦ろうとする手を水野が止める。
「あかんて、擦ったら……」
そう言って、水野はハンカチを翼の目元にそっと押し当てた。
「……でも……も……っ……あかんねん……翔太のことは……もう忘れなあかんねん……」
解き放たれたように、しゃくりあげながら想いが溢れ出す。それは言葉にならない言葉ばかりだったけれど、水野はそれを何度も頷きながら、ただ聞いてくれていた。
*
気がつけば、陽が西に傾き、後片付けに入るようにと校内放送が流れていた。
「そろそろ戻らなヤバいな……」
そう言って、水野は翼の顔を覗き込む。
「目ぇ、真っ赤やなぁ……翼、泣きすぎや」
「……うん……」
バツが悪くて顔を背ける翼に、水野は口元を綻ばせた。
「……さっきな、翔太がなんか誤解してしもたみたいやったけど、あれ多分、翼やって分かってないと思うで」
それは翼が、今一番気になっている事だった。水野がそれに気づいていた事に、少しばかり驚く。
「……そうかな……。俺からは翔太の顔、はっきりと見えたけど……」
驚いた表情に変わった瞬間の翔太の顔が脳裏に浮かぶと、胸の奥が切なく痛む。
「いや、僕も近くで見ても最初は翼って分からんかったもん。声、聞かへんかったら、絶対分からへんと思うで」
「う……ん」
「大丈夫やって。可愛い女の子とちょっとふざけてただけやって、言 うとくわ」
「え? 翔太は知らんの? 水野が男にしか興味ないこと……」
窓を閉めにいく水野の背中に、なんとなく浮かんだ質問を投げると、彼はピタリと立ち止まり、翼を振り返る。
「あ……あかんわ。それ、翔太は知ってるんやった……」
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