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長月(31)
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教室に戻ると、もうとっくに片付けが始まっていた。この慌ただしさに紛れて、こっそり着替えようと思っていた翼だったが、あっさり女生徒に見つかって詰め寄られてしまう。
「もぅ! 翼くん、どこ行ってたん! 片付けまでに帰ってきてって言 うたのに」
「ご、ごめん……ちょっと旧図書室で居眠りしてしもて……」
「翼くんが帰ってきたら写真撮ろうって、みんなも着替えないで待っててんで」
言われて見渡せば、他の男子もまだメイド姿のまま作業をしていた。
「みんなー、翼くん帰ってきたから写真撮るよー」
女生徒の一声で、片付け作業を一旦止まる。
カフェの飾り付けも殆ど外されて、雑然とした中、みんなでギュウギュウと肩を寄せ合うようにして集合写真を撮った。
「翼くん、後夜祭もこのままの格好でいく? メイク随分崩れてるから化粧直ししよか」
これで漸くメイド服から制服に着替えて、メイクを落とせる……と思っていたのに、女生徒の言った言葉に驚いて、翼は思い切り首を横に振った。
「嫌や。もう脱ぎたい、これ」
「なんや翼、もう脱いでまうん? 最後のフォークダンス、メイド服の翼と踊りたかったのになぁ」
横から、からかってくる瑛吾の腹に一発パンチを食らわして、着替えに行こうとする翼を女生徒の声が引き留めた。
「あ、そうそう。なんか翼くんのこと、待ってたお客さんおったよ。黒い髪の三つ編みのメイドさん、いつ帰ってくるんですか? って聞かれてん」
「え? 誰やろ……」
「ごめん、名前聞くの忘れた。でも三つ編みのメイドって、翼くんしかいないから『翼くんなら二時間くらいで戻ってきます』って言 うたら、暫く待っとったんやけど、お友達が探しに来たみたいで、帰ってしもてん」
「ふーん……」
「まぁ、可愛いメイドの噂を聞いて、見にきてみただけかもしれへんね」
心当たりもなく、同じクラス以外の友達にも家族にも、翼がメイド服を着ることを言ってないので、多分知り合いじゃないんだろうと、翼はこの話を適当に聞き流していた。
*
後片付けの後、第一グラウンドで後夜祭が始まっていた。
炎を囲んでのファイヤーストーム。イベントやパフォーマンスが行われ、ラストは毎年恒例になっているフォークダンス。
その様子を翼は、グラウンドへ続く階段の上から、独り離れて眺めていた。
遠くに広がる夜景の光と、ファイヤーストームの揺れるオレンジの炎が混じり合い、幻想的な風景だ。
炎を囲むあの輪の中に、多分翔太もいる。だけど、その姿を見つけたいとは思わない。それは高校に入ってから毎年同じ気持ちだった。
――『翔太は知らんの? 水野が男にしか興味がないこと』
そう質問をした翼に、水野が返した言葉を思い返していた。
『翔太は知ってる』
翔太は、そのことを知っていても、水野と普通に友達として接しているのだ。
その事が、翼の胸をざわめかせる。
嬉しいような、不安なような。
だからこそ、旧図書室での水野とのあの場面を翔太に見られてしまった事が心に引っかかっていた。
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