――――神無月 　学際が終わり次の週には、教室に『忍耐の秋』と書いてあるポスターが貼られた。 　センター試験の出願も終え、お祭り騒ぎの間はすっかり忘れてしまっていたが、いよいよ受験一色のムードが否応なく高まってくる。 　よく考えてみれば、三年生は卒業式まで大きな学校行事はもう無いのだ。 「あーあ……高校の三年間なんか、あっという間やな……」 「そうやな」 　ぼやく瑛吾に相槌を打ちながら、翼は教室の窓の外へ視線を巡らせた。 　空は深く澄み渡り、遠くに広がる海の色もはっきりと見える。 　カレンダーは１０月になり、制服を冬服に衣替えすると、周りが一気に秋づき始めた気がする。 　学際の日から、翼は翔太と顔を合わせていない。時々学校の廊下で翔太の姿を見かけることもあるが、条件反射のように身を隠して避けてしまうのが癖のようになってしまっていた。 　――『Ｗ大、行くことになった』 　９月の終わりに、一度だけ翔太から携帯にメッセージが入っていたが、翼はそれをプレビューだけで読んで、既読を付けていない。勿論、返事を返すこともしていなかった。 　水野は、『学際の日のこと、翔太は何も言わへんし、やっぱり翼やって、分からんかったんやと思う』と言っていたけれど、翼はどうしても気まずい想いを拭いきれなかった。 『翼がよければ、さりげなく訊いてみたろか？　万が一誤解してたらあかんし……』 　水野のその申し出も、『絶対言わんとって』と、翼は断った。 　学際の時の事も夏祭りの時の事も、全部、自分が勝手に意識し過ぎて今まで通りに接することができないだけで、翔太は何とも思っていないのかもしれないとは、思う。 　だけど、翔太が何も気にしていないのなら、もうこのままそっとしておいてほしかった。 　翔太が翼と気付いていないかもしれないのに、学際の時の事をわざわざ話題にしてしまったら、夏祭りの時の傷を大きくしてしまいそうな気がしていたから。時々、翔太とマネージャーの相田が一緒に帰っていく姿を見かける度にそう思う。 　翔太には幸せになってほしい。 　Ｗ大への進学が決まったことも、翼は誰よりも喜んでいた。 　たったひとこと、『おめでとう』も言えなかったけれど。 　卒業したら、もう会えなくなってしまうけれど。 　翔太が自分のやりたい道へ進んでくれた。――それが翼には一番嬉しいことだった。