90 / 198
神無月(2)
*
「三島 先生」
HRが終わり、翼は、教室から職員室へ向かう担任の三島を追いかけて呼び止めた。
「なんや? また髪の毛でも染めてほしいんか?」
振り向いた三島は、腕を組み、目尻に笑い皺を浮かべてニヤリと口角を上げる。
「……そんなん、ちゃいます」
そう言って唇を尖らせて、翼は、照れくさそうに三島から目を逸らした。
「なんや? 愛の告白か?」
「ちゃ、ちゃうわ!」
顔を真っ赤にして言い返す翼の頭を、三島は「馬鹿な生徒ほど可愛いのぉ~」と言いながらくしゃくしゃと撫でまわした。
「で、なんや? なんでも言 うてみ?」
「えーと……その……私立の出願の事で相談が……」
翼の言葉に、三島は目を丸くさせて「ほぉ……」と、小さく声を漏らした。
「青野がそんな事を俺に相談してくるなんて、初めてやな」
三年になってからは、担任と生徒との個別の面談に時間を取ることも定期的に行われているが、翼から進路相談をしにいく事はこれまで一度も無かった。
面談の時ですら、はっきりとした意思を見せることのなかった翼が、こうして相談にくるなんてと、三島はじわじわと嬉しさが込み上げるのを隠しきれないようだ。
「先生、何喜んでんの……俺、そんな楽しい話をするつもりちゃうで?」
「あ、アホ、別に喜んでへんわ! ほな進路指導室で訊こか」
そう返して先に歩き出した三島に、少し距離を開けて翼は従いて行く。
翼は私立の挑戦校を、自分の実力よりも上の大学に変えようと考えていた。
高校に入ってから、勉強なんてろくにしていなかったから無謀かもしれないけれど。
翼がそう考えるようになったのは、自分の進む道を決めて頑張っている翔太の影響が大きかったのかもしれない。
――『翼って、相手が興味持つように上手いこと教える素質があるから、学校の先生とかになればええと思う』
夏休みに翔太に言われた言葉。それが頭から離れなかった。それまでそんな事を考えたこともなかったのに。
自分でも出来る事があるかもしれない。翔太のように頑張りたい。そんな風に考えるようになれたのも、翔太の言葉があったから。
「俺、全然吹っ切れてないやん……」
思わず小さな声で本音を呟いてしまった翼を、先を歩いていた三島が振り返った。
「なんか言 うたか?」
三島の声に、はっと我に返った翼は、満面の笑みで応えた。
「なんでもないでーす」
ともだちにシェアしよう!