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師走(1)
――――師走
「帰り、健とカラオケ行こかって言 うとんやけど、翼も行く?」
二学期の終業式が終わり、自習室に行こうとする翼に、瑛吾が声をかけてきた。
「俺はええわ。予備校まで時間あるし、自習室で時間潰そう思 て……」
そう言って、翼は瑛吾の目の前に参考書の表紙を見せる。
「え? 予備校まで時間あるんやったら、一緒にカラオケ行こうや」
そう言って笑いながら、瑛吾は翼の手から参考書を取り上げてしまう。
「お前なー。他人事やと思 て……返せよ」
苦々しい表情を浮かべた翼は、つま先立ちで手を伸ばし、自分よりも背の高い瑛吾の手から参考書を奪い返した。
瑛吾と健はAO入試を受け、合格を貰っていた。二人共、もう既に受験生から離脱したのだ。
12月に入ると、周りでAOや推薦で合格が決まった生徒が増え、センター組の翼はなんとなく焦りを感じてしまう。
やっぱりAOや推薦を受けれる大学を受験した方が良かったんじゃないかと……。
「たまには息抜きも必要やで? 翼、最近ちょっと頑張りすぎちゃうか?」
「息抜きも適当にしとーから大丈夫や」
「クリスマスは? クリスマスはどうするん? なんか予定ある?」
「クリスマス? たぶん、お袋がクリスマスケーキ買 ぉてくれると思うけど……」
翼の返答に、瑛吾は「あちゃ~」と言って額に手を当てる。
「高校最後のクリスマスやで? それやのにお母ちゃんの買 ぉてくれるクリスマスケーキだけやなんて寂しいやん」
「ほな、瑛吾はなんか予定でもあるんか?」
「いや、俺もないけど……」
「なんや……瑛吾も暇なんやんか。ほな、俺もう行くで」
参考書を鞄に入れて一歩足を踏み出した翼を、それでも瑛吾は引き留める。
「だからな、クリスマスは俺んちでで騒がへんか? って思 て。その日は昼間は誰もおらんし、ええAV手に入ったんやで。観たいやろ?」
「AV?……」
肩越しに瑛吾を振り返り、その言葉を反芻した翼は「あぁ……AVか……」と呟くように言う。
「な? な? 受験生はそういう息抜き必要やろ? 彼女おらんもん同士で鑑賞会しようや」
ニヤニヤと口元を弛ませながら、肩を組んでくる瑛吾の額を翼は手のひらで、ぺちっと音を立たせて叩いてやった。
「アホ、俺はそんな暇ないの!」
そう言いながら、頭の中では違うことを考えていた。(そんなの興味ないからなぁ……)
「もうええ加減にしとけよ瑛吾。翼が困っとぉやろ?」
健が瑛吾の首根っこを掴み、翼から引き離した。
「ええー? 俺はただ翼を元気づけたろうと思 てやな……」
瑛吾は抗議の声を上げる。
瑛吾の首根っこを掴んでいる健は、「早よ行け」と、翼に手で合図した。
「あはは、ありがとうな。瑛吾、また受験終わったら思いっきり遊ぼな」
そう言って、教室を出て行く翼の背中に、瑛吾の声が追いかけてきた。
「絶対やでー。勉強頑張れよー」
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