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師走(2)
自習室に行く前に、下駄箱の手前にある自販機コーナーでジュースを買おうと、翼は昇降口へ向かった。
終業式の日の放課後ということもあって、吹奏楽部の練習の音と、グラウンドから聞こえてくる運動部の声が聞こえてくる以外は人の影もなく静かだ。
外へ出る扉が開いているのか、吹き込んでくる冷たい風に、翼は首を竦め鼻先をマフラーに埋めた。
小銭を投入口に一枚ずつ入れ、フルーツ・オレのボタンを押す。
ガシャンと音を立たせて落ちた紙パックを腰を屈めて取り出していると、「ちょっと待てって、翔太!」という声が聞こえてきた。
驚いて中腰のまま声のした方を窺うと、ちょうど翔太を追いかけて水野が階段を下りてきたところだった。
二人はすぐに下駄箱の向こう側に隠れてしまい、翼からは姿が見えなくなってしまう。
場所を移動して様子を見ようかと一歩踏み出した足は、聞こえてきた水野の荒々しい声に止められた。
「言いたいことあるんやったら、はっきり言えや!」
水野がこんなに怒りをあらわにする声を聞いたのは初めてだ。
何秒かの沈黙が流れた後、落ち着いたバリトンボイスが聞こえてきた。
「別に……言いたい事なんかない」
静かに遠のいていく足音。
「ちょ、待てって! 話はまだ終わってへん」
それを追いかけていく水野の声も遠くなっていった。
(なんやろ……喧嘩?)
分からないけれど、翼は小さな胸騒ぎのようなものを感じていた。
ストローを紙パックに挿し、口をつけてゆっくりと歩き出す。二人が出て行った扉が見える位置まで行ってみたけれど、もうグラウンドへ続く階段を下りてしまったのか、姿は見えない。
125mlの紙パックジュースは、あっという間になくなり、ズズズと音を立たせた。
中身のなくなった紙パックを綺麗に折りたたみ、近くのゴミ箱へシュートする。縁に当たりながらもゴミ箱の中へ紙パックが消えるのを確認してから、翼はもう一度扉の方へ視線を巡らせた。
水野も翔太も戻ってこない。
グラウンドへ続く階段の所まで行けば、二人の姿はまだあるかもしれない。
だけど、翼は踵を返し階段を上っていく。
――今は……勉強に……
「集中、集中!」と、独り言を洩らしながら。
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