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師走(3)

 二カ所ある三年専用の自習室は、どこも一杯で席が空いていなかった。  ひとりずつパーテーションで机が区切られていて、周りに気を取られずに集中できるので自習室を利用する生徒は結構いるのだ。  仕方なく、翼は今上がってきたばかりの階段を降りて、隣の校舎の図書室へと向かった。  学祭の時にうたた寝をしてしまった旧図書室ではなくて、現在利用されている新しい図書室だ。  ドアを開けて中に入ると、利用している生徒の姿は疎らで静かだ。  これなら一時間くらいは集中して勉強できると思ったその時、奥の窓際の方から声が聞こえてきた。 「いい加減にしてください。ここは寝る場所ではないんですよ」  少し高めのハスキーな声。決して大きくはなかったが、その声は静かな図書室の隅々にまで響き渡った。  ポツポツと座っている生徒が一斉に顔を上げて、声のした方を見遣る。  翼も同じく、その方向へ視線を巡らせた。  机の上に数冊重ねて置いてある分厚いハードカバーの本を枕代わりにして、両手をだらりと下に降ろした姿勢で、だらしなく座っている生徒の横に声の主、琴崎 律が立っていた。 「いつもいつも、いったい何しにここに来るんです? 本を枕にするのやめてください」 「んー。何しにって……そんなのリッツの顔見たいからに決まってるやん」  座っている生徒は、本を枕にしたまま顔を横に向け、目だけで声の主を見上げる。  ――水野だ。  ついさっき、翔太と言い合って、外に出て行ったはずなのに、何故今ここに居るんだと、呆然と立ち尽くしている翼に気づいた水野が、勢いよく立ち上がった。 「あっ! 翼やん!」  ガタンと椅子を引く音と水野の大声が、図書室内に響く。 「静かにしてください」  律が注意すると、水野は慌てて自分の口元に手を当てる。 「ごめんなさい図書委員さん」 「ここに居るなら静かにしてください」  そう言って、律は水野が枕にしていた重そうな本を取り上げて、本棚へ返しに行くつもりなのか、スタスタと歩き出した。  翼の横を通り過ぎる時に、目線を上げた律と一瞬だけ目が合った。  おとなしそうな印象の律だったが、見上げてくる眼鏡の奥の黒い瞳は、意思の強い光を瞬時に放った気がして、思わず翼の方が先に目を逸らしてしまう。

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