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師走(9)

「ホンマはあの時、僕は頃合いを見て消える予定やってん。二人きりにさせてやろうと思って」  元々は、一年の頃から想いを打ち明けることが出来なかった相田が、思い切って夏祭りに翔太を誘ったのが始まりだ。  水野なら気を利かせ、上手く頃合いを見計らい、翔太と相田を二人きりにする事が出来ただろう。 「……そっか。でも俺らと合流したから、その予定は狂ってしもたんやな?」  水野は「そう」と、頷いて翼に視線を合わせる。 「でも僕はその時、これは神様がくれたチャンスやって思ったけどね」  水野は入学式の時から翼が気になっていて―― 一目惚れだったとも言っていた。そして翼の視線がいつも翔太を追っている事にも気付いていた。 「翼と、ちゃんと喋ったのって、あの時が初めてやったよね。僕、めちゃ嬉しかってんで。射的とか誘ったり、翼にパッチンピンつけてやったり、必要以上にはしゃいでた」  目を細め、見つめてくる水野の柔らかい眼差しに、翼はつい視線を横へ逸らしてしまう。  そんな風に、ずっと誰かを想って、それが実らない気持ちは、翼にも分かる。 「嫌やなぁ、そんなしんみりせんとって。翼には振られたけど、あの夏祭りの日の事は、一生忘れられへん、ええ思い出になったと思うし……」 「水野……」 「あともうちょっとやったのに、キスできんかったんは心残りやけど。まぁでも、あの日は、手も繋げたしな……」  水野はそう言って、顔をくしゃっと崩して人懐っこい笑顔で、声を上げて笑う。  水野につられて、翼も笑顔が零れた。  そんな翼の様子を見て、水野は少し安心したような表情で、話を続ける。 「まぁそんな感じで、夏休み頃から由美は積極的にアプローチしてたけど、それでも翔太の由美への接し方は今までと変わらなくて……」  そこまで言って、水野は一旦言葉を区切る。 「……それで?」  翼は、窓の手摺に手を伸ばし、視線を外へ巡らせて、さりげなく続きを促した。 「……それが、学祭の後から……翔太と由美の……二人のそんな距離が急に近づいた気がしてね……」  水野の声を訊きながら、翼は校舎裏にある大木の枝が風に揺れるのを見つめていた。  窓の手摺に置いていた手が、知らずにそのバーを硬く握り締める。 「……学祭………」  ポツリと、翼が言葉を零す。  旧図書室の窓から見えた、野球部の模擬店に来ていた二人の姿が頭を過る。  それから……乱れた服装で水野に跨られた自分の姿を見た時の、翔太の顔が浮かんできた。

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