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師走(11)
「翔太!」
担任が教壇を降りて出口へ向かうその時を狙い、水野は翔太に声をかけた。
廊下側の真ん中辺りの席に座っている翔太が、窓際の後ろから二番目の席にいる水野を振り返る。
二人の席が遠いという事もあるが、必要以上に大声を出した理由は、それだけじゃない。
水野の方にクラス中の生徒達の視線も集まる。もちろん、相田もその一人だ。
先手を打たれて動けない相田へチラリと視線を送り、水野は鞄を抱えて翔太の席へ大股で近づいていく。
翔太は立ち上がり、少し首を傾けて『どうした?』という顔をする。
「ちょっと話したい事がある。ええやろ?」
「ああ……」
翔太は素直に頷いて、先に歩く水野の後に続いて教室を出た。
*
この時期の屋上は、北側の山から吹き下りてくる冷たく強い風に曝されて、かなり寒い。
両手をズボンのポケットに入れて、グルグル巻きにしたマフラーに鼻先を埋め、水野が上目遣いで見上げると、まったく同じポーズで目の前に立っている翔太と目が合った。
「……寒いね」
そう言って、苦笑いを零した水野に対し、翔太は「ああ……」とだけ、短い返事をする。
翔太の鼻から下はマフラーに隠れていて、その表情は分からない。唯一見えている切れ長の目からも、何も読み取れない。
翔太は普段から口数は少なく、感情が表に出難いのは知っているが……それにしても……
(最近のこいつは、更に分かり難い)
それは翔太が今、自分を意識して避けているからなのじゃないかと、水野は考えていた。
関わりを持つのを嫌っていると言うよりも、野球の敬遠に近い。
――翔太は、勝負するのを避けている。
もしそうだとすれば……、水野の脳裏には、ある結論が浮かぶ。
数秒の沈黙が流れ、翔太の方が先に、ポツリと質問を口にした。
「……話って、何?」
山から吹き下りてくる、口笛のような風の音に、紛れて消えてしまいそうな声だった。
「翔太……もしか……せんでも、僕のこと避けとぉ?」
少しばかり、いきなり過ぎる質問だったか……と、言ってしまってから水野の頭に過る。
――もっと良い切り出し方があったはずだ。こんな訊き方では、翔太は余計に身構えてしまう。
翔太が素直に話せるようなムードに持っていかないとダメだ。
翔太は、眉一つ動かさない。切れ長の目も、水野をじっと見つめたまま、視線を外さない。
「……そんな事ない」
返ってきた答えも、抑揚のない、さっきと同じく風に掻き消されそうな声だった。
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