101 / 198

師走(11)

「翔太!」  担任が教壇を降りて出口へ向かうその時を狙い、水野は翔太に声をかけた。  廊下側の真ん中辺りの席に座っている翔太が、窓際の後ろから二番目の席にいる水野を振り返る。  二人の席が遠いという事もあるが、必要以上に大声を出した理由は、それだけじゃない。  水野の方にクラス中の生徒達の視線も集まる。もちろん、相田もその一人だ。  先手を打たれて動けない相田へチラリと視線を送り、水野は鞄を抱えて翔太の席へ大股で近づいていく。  翔太は立ち上がり、少し首を傾けて『どうした?』という顔をする。 「ちょっと話したい事がある。ええやろ?」 「ああ……」  翔太は素直に頷いて、先に歩く水野の後に続いて教室を出た。  *  この時期の屋上は、北側の山から吹き下りてくる冷たく強い風に曝されて、かなり寒い。  両手をズボンのポケットに入れて、グルグル巻きにしたマフラーに鼻先を埋め、水野が上目遣いで見上げると、まったく同じポーズで目の前に立っている翔太と目が合った。 「……寒いね」  そう言って、苦笑いを零した水野に対し、翔太は「ああ……」とだけ、短い返事をする。  翔太の鼻から下はマフラーに隠れていて、その表情は分からない。唯一見えている切れ長の目からも、何も読み取れない。  翔太は普段から口数は少なく、感情が表に出難いのは知っているが……それにしても…… (最近のこいつは、更に分かり難い)  それは翔太が今、自分を意識して避けているからなのじゃないかと、水野は考えていた。  関わりを持つのを嫌っていると言うよりも、野球の敬遠に近い。  ――翔太は、勝負するのを避けている。  もしそうだとすれば……、水野の脳裏には、ある結論が浮かぶ。  数秒の沈黙が流れ、翔太の方が先に、ポツリと質問を口にした。 「……話って、何?」  山から吹き下りてくる、口笛のような風の音に、紛れて消えてしまいそうな声だった。 「翔太……もしか……せんでも、僕のこと避けとぉ?」  少しばかり、いきなり過ぎる質問だったか……と、言ってしまってから水野の頭に過る。  ――もっと良い切り出し方があったはずだ。こんな訊き方では、翔太は余計に身構えてしまう。  翔太が素直に話せるようなムードに持っていかないとダメだ。  翔太は、眉一つ動かさない。切れ長の目も、水野をじっと見つめたまま、視線を外さない。 「……そんな事ない」  返ってきた答えも、抑揚のない、さっきと同じく風に掻き消されそうな声だった。

ともだちにシェアしよう!