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師走(13)
あの時翔太は、確かに水野と翼のことを誤解して、旧図書室から逃げるように出て行ってしまった。
だけど、あれが翼だと、翔太が認識しているとは思わなかった。
分かっていたのなら、なぜその事を言ってこなかったのか……。なぜ、その後、よそよそしくなったのか。
答えは一つしかない。
――誤解をしているなら、その誤解を本当の事にすればいい――
そう思う気持ちと、
――翼のために、はっきりと誤解を解いた方がいい。自分と翔太の為にも――
二つの感情が、水野の中でせめぎ合う。
「お前~、あん時、何か変な風に誤解したんやろぉ?」
迫り上がってくる黒い感情を抑え込み、水野は、からかうような冗談口調でそう言った。
いつもの翔太なら、苦笑いの一つでも零してくれる……筈だった。
「……誤解……じゃないやろ?」
だけど、表情を崩さずに、翔太の真面目な声が返ってきて、水野は焦る。
「誤解やって! あんな可愛い格好してたから、つい、からかいたくなって、ふざけてただけやで? 僕と翼は何も……」
「良樹!」
必死に言い訳をする水野の言葉は、途中で翔太の声に遮られてしまう。
「……それでも、良樹も、一年の頃からずっと翼のことが好きやったんやろ?」
「っ……!」
翔太の言葉に、水野は返答に詰まる。
まさか翔太に、自分の気持ちを知られているとは思わなかった。
(一年の時から……って、そんな前から知っとったんか?)
夏祭りの後、急接近してから気づいたというのなら分かるが、そんなに前から、こういう事に疎いはずの翔太が知っていたということに、水野は驚きを隠せなかった。
「……良樹は、良樹の好きなようにしたらええ。俺にはそれを止める権利はないから」
静かな口調でそう言って、翔太は踵を返し、屋上のドアへ向かう。
その後ろ姿を呆然と見送りそうになっていた水野は、慌てて声を投げかけた。
「待てよ! お前の気持ちはどうなんや! さっき言 うたやないか! 『良樹“も”』って!」
水野の声に、翔太は一度ピタリと足をとめたが、振り返ることもなくドアを開け、校舎の中へ入って行ってしまう。
「ちっ!」
残された水野は、思わず舌打ちをし、左手の手のひらに、右手の拳を打ち込んだ。
「何考えとんや! あいつは!」
誰もいない屋上で思い切り叫んでも、聞こえてくるのは風の音だけ。
「冗談やない! 話はまだ終わってへんで!」
大き過ぎる独り言を吐き捨てて、水野は屋上のドアを乱暴に開け、翔太の後を追いかけた。
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