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師走(14)

「ちょっと待てって、翔太!」  下駄箱へ向かう翔太を見つけて、水野は階段を走り下りながら叫ぶ。  しかし翔太は、足を止めない。  靴を履き替えている翔太の後ろに立った水野は、込み上げてくる怒りをそのまま、その背中に投げつけた。 「言いたいことあるんやったら、はっきり言えや!」  翔太は、ゆっくりとした動作で上靴を下駄箱に入れ、それから水野へ視線を合わせた。 「…………」  その時の翔太の表情に、水野は次に言おうとした言葉を失う。 (なんちゅう顔しとんのや……)  泣きそうな、それでいて、心情を隠そうとする冷静な表情が入り混じり、今にも崩れそうな……。 「別に……言いたい事なんかない」  いつもと変わらない、落ち着いた声でそう言って、翔太は水野から離れていく。 (——そんな顔見せられて、このまま帰せれるかい!) 「ちょ、待てって! 話はまだ終わってへん」  水野は、靴を履き替える余裕もなく、翔太の後を追いかけて、上靴のまま外に出た。 「おい、待てって」  グラウンドへ続く階段を下りた所で、翔太の腕を掴んで、無理やり足を止めさせる。 「良樹……翼のことで、お前に言う事は何もないって()うとるやろ?」 「ほな、なんでそんな顔しとんのや……」  水野に言われて、翔太は自分の頬に手のひらを当てる。 「そんな顔って、どんな顔や」 「……翼のことが好きって、顔に書いてある」 「アホか……書いてるわけないやろ」  やっと翔太の顔に、苦笑の表情が浮かんだ。 (こいつの腹ん中、全部吐き出させてやる)  翔太のその表情を見て、それが出来ると水野は確信した。 「なぁ、翼のこと、ホンマはどう(おも)とん?」  しかしその質問になると、翔太はキュッと唇を引き結ぶ。 「まさか……僕に遠慮して、それで由美と付き合うつもりなんか?」 「そんなんとちゃう……」 「ほな、なんで翼と向き合わんのや? 翼の気持ちは、知っとるんやろ?」  その時、綻びかけていた翔太の顔に、またさっきと同じような表情が浮かんだ。  切ない気持ちを隠しながら、冷静さを保とうとする複雑な表情だ。 「……向き合うのを避けてるのは、翼の方や」  そう言って、翔太は水野から視線を外して、ボソボソ呟くように言葉を続けた。 「幼馴染みの関係のままがええって、翼は……」  顔を背けて話す翔太の声が小さくて、水野にはよく聞き取れない。 「え……?」と、訊き返したところで、「こらっ、水野!」と、突然、前から走ってきた体育教師に名前を呼ばれた。  今、グラウンドで部活をしているテニス部の顧問だ。

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