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師走(15)

「お前、上靴のまま外に出たらあかんやろっ!」 「あ……」  やたらと校則に煩いことで有名な体育教師だ。 「“あ” やない! そこの入り口のマットで靴の裏拭って早よ履き替えてこい」  体育教師は、水野の腕を掴み、第一グラウンドから入れる校舎の入り口へ引っ張っていく。 「ちょ……センセ、僕、あいつと話してんのにー」 「話やったら、靴履き替えてから、なんぼでもしたらええやろ!」  教師に引っ張られながら肩越しに振り返る水野に、翔太は軽く手を上げて足早に立ち去ってしまい、その姿は正門の向こうへ見えなくなってしまった。  仕方なく、入り口のマットで上靴の裏の汚れを落とし、水野は溜め息をつく。 「あともうちょっとやったのに……」  全部吐き出させてやれば、翔太も翼も自分も、気持ちよく正月を迎えられたのに……。  そう思いながらも、気持ちは複雑だった。 「リッツの顔でも、見にいこうかな……」  水野は、目の前の階段を見上げ、独り言を漏らした。  今日も、ここの二階にある図書室に居るはずの律の顔を、急に見たくなった。  ここは、三年生が使っている三号館の隣の二号館だが、来客用にもなっているこの校舎の入り口は三号館よりも低い位置にある。  三号館から見ると、今水野が居る場所は『地下』ということになる。  坂の多い土地に校舎を建てているために、少し複雑な造りになっているのだ。  ここから、校舎の中を通って三号館に戻るには、三階にある渡り廊下を使うのだが、水野は二階で足をとめ、渡り廊下とは逆の位置にある図書室に向かう。  静かな図書室に入ると、カウンターの中に座っている律が、上目遣いに視線を寄越してくる。  目が合うと、律はすぐに長い睫毛を伏せて知らないふりをする。  耳の辺りを赤くしているくせに――  水野は口元を綻ばせながら、その前を通り過ぎ、窓際の席に腰を降ろした。  その瞬間、ポケットに入れていたスマホが振動する。  さっき別れたばかりの、翔太からのメッセージだった。 『良樹のことを避けてたつもりは、ホンマになかった。ごめんな』  それを読んだ水野は、「はーーーーっ」と、大きな溜め息を吐き、思わず机に突っ伏してしまう。 (――翔太のやつ……無自覚かよ……)  翔太が翼に特別な想いを抱いているということは、確かだと思う。  翼に急接近する自分を警戒したくなる気持ちも分かる。だけど、それが無自覚だったとは思わなかった――――

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