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師走(16)

 *  水野の話を黙って最後まで聞いていた翼は、目を見開いたまま固まってしまう。 「つーばーさ、ちゃんと聞いてた?」  水野の指先にチョンと額を突かれて、漸く我に返ったように大きな目を瞬かせた。 「……翔太が俺のこと……そんなん、ありえへん……それは水野の思い過ごしや」 「そやけど、翔太は否定もせんかったよ」  翼は、あの夏祭りの日に、自分の想いを口にしてしまった事を、ずっと後悔していた。  その事で、翔太との幼馴染みの関係を崩してしまったからだ。  翔太が、男を恋愛の対象として好きになる翼のことを理解できるわけがないと思っていた。  翔太に、今までと違う視線を向けられてしまうのが怖かったから、翼はあの日からずっと翔太のことを避けていたのだ。  翔太も同じ気持ちで、自分を見てくれていたなんて、翼はどうしても信じられない。 「翼、夏祭りからこっち、まともに翔太と話してないんちゃう? 向き合うのを避けてるのは翼の方やって、翔太は言うてたで」 「う……ん……」  確かに、翔太を避けているのは翼の方で、翔太は何度か話をするきっかけをくれていた。  二学期の始業式の日も、翔太は翼のクラスのHRが終わるのを教室の前で待っていた。  あの時、ちゃんと「話がある」って言ってくれたのに、それを振り切ってしまったのは翼の方だ。  W大への進学が決定した時も、スマホに連絡をくれたのに、翼は既読も付けずに返信をしていない。 「放っといたら、あいつ由美に押されてホンマに付き合うてしまうで。卒業したらもう今までみたいに会えなくなるし、由美だってきっと必死なんやで」  ――翔太が相田と……。  そう考えると、胸が痛くて苦しい。  だけど、それが翔太にとっては、幸せなんじゃないかと思う。  この先翔太は、W大に進み、きっと野球部で活躍する。翔太ならその先の未来も……。  将来の道筋がやっと見えてきたのだ。  この先、傍にいるのは、男の自分よりも相田の方が、未来のある翔太には、ふさわしい。  男同士で付き合うなんて、未来が見えない。  そんな、あやふやな関係になるよりも、ずっと一生幼馴染みの関係でいる方が、遠くても翔太のことを想っていられる。  それが翼が、翔太への自分の気持ちに気づいた時から、ずっと願っていた自分の立ち位置だった。  想いが叶って恋人になれるということだけが、幸せの形じゃない。  恋人ならいつか別れる日がくるが、幼馴染みならそれが無い。  やはり夏祭りの日に、想いを口にしてしまった事は、後悔してもしきれないと、翼は水野の話を聞きながら考えていた。

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