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師走(17)

 ****** 『とにかく、翔太と早めに話さなあかんで。クリスマスやら初詣やら、恋人達の冬には欠かせないイベントが盛りだくさんやろ?』  終業式の日、水野は最後にそう言っていたけれど……。  受験生には、クリスマスも正月もない。  翼は、予備校に行く日以外にも、冬休みの間学校で行われる冬季演習にも申し込んでいた。  12月から始まった前期特編授業で解きまくったセンター対策の問題で、山ほど見つかった弱点も家で見直さなくてはならない。  でも、勉強のことで頭がいっぱいになっているこの状態は、今の翼にとってはありがたかった。  学校で行われている冬季演習は、必要ないんじゃないかと母親に言われたけれど、翼は他のことを考えないようにするために、あえて受けることにしたのだ。  クリスマスの今日も、冬季演習の後、予備校に行く予定にしていた。  しかし、学校の正門を出て駅へと向かおうとした足が、翼の気持ちとは裏腹に、自然に第二グラウンドへと向かっている。  第二グラウンドに行っても、部活を引退した翔太が、そこにいるわけじゃない。  それは分かっている。  だけど無性に、あのグラウンドを見ておきたいと思った。  ――正門を出て、住宅街の中を少し歩くと、長い階段がある。第二グラウンドは、その階段を下りた所にある――  翼は階段を下りずに、上からグラウンドを見渡した。  小高い丘にある第二グラウンドは、背後に14階建てのマンションが二棟あり、前方には翼達の住む街が広がっている。  凛と澄んだ冬の空気が、遠くの薄い青色の海を、煌めかせて見せてくれる。  背の高いマンションと、その後ろの山並みのせいか、ここは普段でも風が強い。  時々、渦のように風が乱れ、翼の細い髪を荒々しく揺らした。  三年生が引退し、後輩達だけになった新チームは今日も練習している。  ティーバッティングをしているグループと、シャトルランをしているグループ、それから……キャッチャーと投球練習をしているピッチャー……。 (あれ……? あのピッチャー……)  ――あれは……  見覚えのある黄色いウィンドブレーカー。  何度も何度も見てきた投球フォーム。  遠くを見る時に、顎をくいっと上げる癖。  あの仕草をする時の首筋から顎にかけてのラインが昔から好きだった。  ――翔太だ……。  多分、来春からの大学野球に向けて身体がなまらないように、こうして後輩たちと一緒に練習をしているのだ。  翔太の気持ちは、もう前を見ている。  想いを翔太にぶつけてしまったことで、今は気まずくなってしまったけれど、自分も翔太のように前を向いて進めたら、今は駄目でもいつかはきっと……また幼馴染として、昔と変わらない関係で会える日がくるかもしれない。  翔太が練習している姿を見て、翼は強くそう思った。  まずは、目の前の迫っている受験を乗り越えて、自分の道を見つけよう。  今日ここで、遠くからでも翔太の姿を見れたことは、翼にとっては最高のクリスマスプレゼントとなった。

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