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睦月(1)
――――――――睦月
「翼、ホンマに行かへんの?」
年が明けて元旦の朝、母にもう三度目になる同じ質問をされた。
青野家では、毎年家族揃って初詣に出かける。
「行かへん……」
今の翼には、大晦日も正月も関係なく、いつもよりも更に勉強に打ち込んでいた。
実は昨夜、瑛吾と健からも初詣に行かないかと連絡があったけれど、翼は断った。
「アンタ、ちょっと根詰めすぎちゃう? 本番までに疲れてまうで」
姉の夏香が、翼の部屋のドアを開け顔を覗かせた。
「…………」
返事もせずに机に向かっている翼に、夏香は大きな溜め息をつく。
「翔太くんの方が先に進路が決まって、焦るのも分かるけど……」
これには、さすがに翼も反応してしまう。
「――うるさいな! 早よ行けや」
「お~、怖っ、怖っ。ほな、おとなしく留守番しとき~」
バタンとドアを閉め、階段を下りていく夏香の足音が聞きながら、翼は溜め息をひとつ零してシャーペンを置く。
暫くすると、階下で父と母と夏香の三人が玄関から出ていく気配がした。
(――別に翔太の進路が先に決まったからって、焦ってるわけちゃう……)
翼は心の中で、夏香への文句を呟いた。
ただ、こうして勉強していないと不安なのだ。
翔太は自分の道を決めて、未来に向かって歩き始めている。
その隣を歩くことはできないけれど……卒業して、またいつか会えた時に、翔太の前で胸を張っていられる自分になりたい。
まだ自分は、翔太と同じスタートラインにも立っていないのだ。
「……やっぱり俺……焦ってるな……」
夏香に言われたことを思い返して、翼は苦笑した。
声に出して言ってみただけで、少し肩の力が抜けた気がする。
翼は椅子の背もたれに背中を預け、「うーん」と声に出して、大きな伸びをした。
「……ちょっと休憩するか……」
その時、机の上に置いてあったスマホが鳴った。
瑛吾からの着信だ。
「もしもし?」
『あー、翼! あけましておめでとう!」
「あ、あぁ……おめでとう……」
なんだ、正月の挨拶か……と、思ったその時、階下でインターフォンの音が、ピンポンピンポンピンポン……と、激しく鳴る。
『誰か来た?』
電話の向こうの瑛吾にも、その音が聞こえたらしい。
「うん、誰か来たみたい。ちょっと待ってて」
翼は瑛吾にそう応えながら、部屋を出て階段を下りていく。
その間にも、インターフォンの音は鳴り止まない。
「ちっ、うるさいな……」
『ホンマやなぁ。誰やねん』
スマホを耳にあてながら呟くと、電話の向こうの瑛吾が返してくる。
たぶん、夏香が忘れ物でもして取りに帰ってきて、鍵を出すのが面倒で中から開けてもらおうとしているんだろう。と、翼は内心では、そう思っていた。
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