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睦月(9)
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一日目最後の科目の終わりを告げるチャイムが、試験会場の教室に響く。
「鉛筆を置いてください。答案用紙を回収します」
翼は鉛筆を置き、両手を膝の上に置いた。
答案用紙が回収されていく間も、なんとなく緊張感が漂っている。
思い切り脱力して、大きく息を吐き出したいところだが、それも躊躇われるほどだ。
「本日の試験は以上です。忘れ物のないようにご退室ください」
試験監督の声で、周りが一斉に荷物をまとめ始めた。
ほとんど話し声も聞こえてこない。皆、淡々と行動し、次々と教室から出ていく。
翼も同じように、コートを羽織り廊下へ出る。
時間は、もうすぐ18時20分。窓の外は、すっかり暗くなっているが、午前中チラチラと降っていた雪は、もうすっかりやんでいた。
最寄りの駅までは歩いて15分くらい。
(電車、何分だったかな……)
スマホのアプリで時刻を調べようと、コートのポケットに手を入れると、指にスマホとは別の物が触れる。
朝、駅で翔太がくれたお守りだ。
そっとポケットから取り出してみる。
――『……何って……ランニング』
そんなことを言って、翔太はいったい何時 からあそこで待っていてくれたんだろう。
そう思うと、自然と翼の頬が緩む。
翔太がくれたお守りと、緊張した時のいつもの『儀式』の効果は絶大だったようだ。
今日の試験は、勉強したところが、バッチリ出てくれた。
苦手な部分も、あまり出なかったので、ケアレスミスさえなければ、たぶん点数には問題ないと思う。
(……受験が終わったら……)
――『受験が終わったら、またキャッチボール付き合 うてくれる?』
翔太とまたキャッチボールをして……でもその前に、もう一度ちゃんと話がしたい。
もしかしたら翔太も……自分と同じような気持ちでいてくれているのかもしれない。
そんな事は、ありえないとずっと思っていたけれど……。
なんとなく、水野の言っていたことも、今なら信じられるような気がしていた。
もしも翔太の言う“好き”が、翼と同じ種類のものでなかったとしても、今まで通り“幼馴染み”の関係に戻れるのなら、それでもいい。翔太との縁が切れて、今までのことが全部“無”になってしまう事が一番辛かったから。
とにかくもう一度、ちゃんと気持ちを伝えたい。そして、翔太の気持ちも確かめたい。
今朝の出来事が、今の翼を前向きにさせていた。
この分なら、きっと明日の試験も無事終えて、その後に控えている本命の一般入試も乗り越えられる。
全部終わったら、いっぱい翔太と話したいことがある。
――そう思っていた。
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