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如月(3)

 二人の姿が見えなくなっても、翼はその場にしゃがみ込んだまま、暫く動けなかった。  脳裏には、最後に見た光景が焼き付いてしまっている。 「あはは……そっか……そうやん……」  詰めていた息を吐き出すと、自然と笑い声が漏れた。  まったく自分に呆れてしまう。  ――『……ついでがあったから……』  合格祈願のお守りをくれた時、翔太はそう言ってたじゃないか。  翔太がお参りした神社は、異国の雰囲気が溢れる観光スポットの中にある。  相田と二人で、そこでデートをした“ついで”に神社に寄ったとしても不思議じゃない。  いや、もしかしたら、二人で初詣に行った“ついで”だったのかもしれないじゃないか。  ――翔太が駅で待っていてくれたから。  ――お守りを貰ったから。  たったそれだけの事で、何を有頂天になっていたんだろう。  考え込んでいると、不意に上から聞こえてきた数人の声と足音が、冷え冷えとした階段と壁に反響する。  翼は慌てて立ち上がった。  階段を下りて来るのが知らない生徒だとしても、今は誰にも会いたくない。  靴を履き替えて外に出ると、ヒュウっと音を立てて冷たい風が校舎の間を吹き抜けていく。 「二月って、こんなに寒かったっけ……」  空を見上げると、チラチラと雪が舞っている。  翼は、首を竦め、ダッフルコートのフードを深々と被った。  夢原高校は、制服の上に着るコートは自由だが、着てくる生徒はあまりいない。  だから、何となく恥ずかしくて、翼も普段はあまり着ないのだが、『明日試験なのに、風邪引いたらどうするん』と、今朝出掛ける時に母親に言われて渋々着てきたのだ。  だけど今日は、着てきて良かったな……と思う。  別に泣いてなんかないけれど……  ――自分が今、どんな顔をしているのか分からないから……。  風が吹くと脱げてしまいそうになるフードを手で押さえ、翼は足早にグラウンドを抜け、学校を後にした。  ショックと言えばショックだけど、この日の事が却って翔太のことを吹っ切れるきっかけになった気がした。  翔太が遠くに行ってしまって、物理的に会えなくて辛いのは翼じゃなく相田なのだと自分に言い聞かせれば、少し気持ちがラクになれる気がしていた。  一生言うつもりのなかった『好き』という言葉をあの日ぶつけてしまった事は、会う事がなければ、翔太もいつか忘れるだろう。  センター試験の日の朝、翔太が普通に話しかけてきてくれた事だけが、今の翼の心の支えになっていた。  翔太と自分は、今まで通り何も変わらない。  それで十分幸せだ。  ずっと幼馴染みのままでいれば、時々家に帰ってきた翔太に、「よっ、久しぶり」と、笑って会う事ができるのだから。

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