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如月(4)

 ******  翌日の朝は、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。  昨夜は予定通りに早めにベッドに入ったが、ぐっすり眠れたのか、眠りが浅かったのか、よく分からない。  ただ、ずっと何かの夢を見ていた。内容は覚えてないけれど、楽しい夢ではなかったのは確かだった。  カーテンを開けると、昨日と打って変って、春の兆しを思わせる暖かい朝の光が部屋に挿し込んだ。  何が起ころうと、誰にでも同じように朝はくる。  いつもと同じように顔を洗い、制服に着替え、朝ご飯を食べる。  いつもと同じように食卓で新聞を広げている父が、「忘れ物するなよ……」と、ポツリと言ったこと以外は、何一つ変わらない日常だ。  出掛ける前に、もう一度鞄の中を確認する。 「よし……」  小さく呟いて鞄を肩にかけてから、机の上に置いてある翔太に貰ったお守りに手を伸ばした。  手のひらの上で数秒間見つめて、翼はそれをギュッと握り締めると、そのままポケットの中に入れた。  家を出て駅へと向かう。翼は今日もあの歩道橋の階段を使った。  階段を上りきると、センター試験の日に翔太が立っていた位置を、目が勝手に見てしまう。  翼がどの大学を受けるのか知らない翔太が、今日もここに来ている筈はないと分かっているのに。  翔太が立っていたその位置を通り過ぎる時、翼はポケットの中で、もう一度お守りを握り締めた。 (サンキューな、翔太……)  たとえ“ついで”だったとしても、あの日ここで自分を待っていてくれた翔太の気持ちが嬉しかった。  今日は、いつもの“儀式”はしてもらえないけれど……。  不思議と緊張もしてないし、落ち着いている。  ――『大丈夫や、翼なら絶対大丈夫』  そう言いながら背中をポンポンと軽く叩いてくれた、翔太の手の温もりを今も覚えてる。  試験会場の大学までは一時間もかからないが、私鉄を乗り継いで二回電車を乗り換える。  駅からは、街路樹の美しい坂を道なりに登って行く。  道の両脇には洒落た店が立ち並んでいて、いかにも学生街といった感じ。  電車を降りてからずっと、翼と同じであろう受験生の列が、同じ目的地に向かって流れていた。  こんなに大勢の人が歩いているのに、空気はどこか張り詰めていて、異様なほど静かだ。  石畳の歩道を歩く足音だけが聞こえていた。  やがて大学の正門が見えてくる。  その横に立てかけられていた看板の『一般入試会場』の文字が目に飛び込むと、適度な緊張感が湧いてきて余計な思考が削ぎ落とされた気がした。  翼は、他の受験生達の流れのままに、大学の敷地内へと足を踏み入れる。  ――さぁ、いよいよだ。  と、思うと、ポケットの中で握り締めていた手に力が入る。  歩道橋の上からここまで、電車の中でも歩いている時も、翼はずっとポケットの中でお守りを握り締めていた。

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