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弥生(2)
式次第通りの流れで、式は静かに進行していく。
式辞や祝辞は、翼の頭に入ってこなかったが、三年一組の卒業証書授与の時だけは、あの声を聞き逃さないように待っていた。
──柏木 翔太。
名前を呼ばれて起立する翔太の姿は、頭しか見えなかったけれど。
「はい」
と、鋭く発っした短い返事が、場内に大きく響いて、翼の耳にしっかりと届いてきた。
卒業式が終わっても、校内にはまだ沢山の卒業生が残っている。
ついさっき、『蛍の光』斉唱の頃に、すすり泣くような声がちらほらと聞こえてきていたのがまるで夢だったかのように、教室内も外からも賑やかな声が響いていた。
翼も同じように、クラスのみんなとスマホでふざけた写真を撮り合ったりして、思い切り騒いでいた。
こうしている間は、不安や寂しさを紛らわせることができる。
それは、卒業生の誰もが同じような気持ちなのかもしれない。
正門を出てしまえば、本当に高校生活が終わってしまう。だからみんな、なかなか帰ろうとしない。
「お前ら、そろそろ教室から出ろよ」
と、担任の三島に言われるまでは。
「じゃぁー、ファミレス行くー?」
結局そのまま家に帰る者は、殆どいない。ファミレスで昼飯を食べて、そのままカラオケに流れて、まだまだこの名残惜しさに浸りたいのだ。
「行く人、手をあげてーー」
参加する人数を確認してざわつく教室内をにやにやと眺めている担任に、翼は歩み寄り声をかけた。
「先生……」
「なんや。また髪染めてほしいんか?」
真面目な顔をして、からかってくる三島に、翼は思わず苦笑する。
「先生、それいつまで言うつもり?」
「ま、これからもお前に会うたびに言わせてもらうわ」
せっかくお世話になった礼を言う気持ちになってるのに、このクソ担任は! と、翼は内心思う。
だけど、これが三島なのだ。
生徒に、『お世話になりました』なんて言われたら照れくさいと思っているに違いない。
「……青野は、教師目指すんやろ? 〝金髪先生〟にはなるなよ」
そんなことを言いながらも、三島は相変わらず真面目顔だ。
だから翼も、いつものように冗談で返してやる。
「うん。なれるかどうか分からんけど……でもオレ、先生みたいに白髪染め持ち歩くような教師にはならへんよ」
「アホか! そんなもん持ち歩いてへんわ! ほら、もう早よ帰れ」
そう言って、追い払うような仕草をする三島に、翼は心の中で頭を下げた。
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