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弥生(3)
とりあえずファミレスに向かう為、参加するクラスメイトと共に、翼も昇降口から外に出た。
「あの……青野先輩……」
その時、突然後ろから声をかけられて振り向けば、ストレートの綺麗な髪が印象的な、女生徒が立っている。
知らない顔だ──最初、翼はそう思った。
胸ポケットに付けている学年章は赤だから二年生だ。
「あの……先輩は覚えていませんか? 私、同じ中学で部活が一緒だった酒井 恵 です」
「……え、えーと……」
そう言われてみれば、会ったことがあるような気もする。
しかし正直に言うと、覚えていなかった。中学の部活は一年ごとに演劇部、バスケ部、テニス部と変わったし。演劇部は一年だったからその時彼女はまだ入学していない。バスケかテニスのどちらかだけど、そのどちらで一緒だったのかも分からない。
「あ、あの……テニス部だったんです!」
翼の気持ちを察したのか、彼女は慌てた様子でそう言った。
「そうなの? ごめんね。オレ、テニスは三年になってからしかやってなくて、夏で引退したから……」
人気の部活だったから部員数も多かった。女子テニス部の方まで覚えるのは不可能だった。
「あ、いいんです。私なんかずっと試合にも出てなかったし……」
彼女はそう言って、恥ずかしそうに俯いてしまう。
翼の後ろで、瑛吾と健が何やらソワソワしているのが伝わってくる。
「あ、あの……オレに何か用やった?」
瑛吾たちに変な風に冷やかされそうな気がしたので、翼は少し焦りながら促した。
「あっ……すみません! あの……もしよければ、青野先輩の制服の第二ボタンをいただけませんか?」
「へ?」
思いもよらない言葉が返ってきてフリーズしてしまった翼に、彼女は深々と頭を下げてさらに言葉を続けた。
「中学の時から好きだったんです! 付き合いたいなんて大それたことは言いません。だけど……記念に何か欲しいんです……だから……」
夢原高校の制服は、数年前まで男子は学ランだったけれど、今はシングル二つボタンのブレザーだ。
卒業式に第二ボタンを贈るというイベントも、ネクタイや校章、学年章、ネームプレートなどに変わってきているが、それでも〝本命〟には第二ボタンというのが、今でも伝えられ、それが生徒達の間に浸透している。
「お願いします!」
彼女は、頭を下げたままだ。
後ろからは瑛吾達が「ヒューヒュー」と、冷やかす声をあげている。
「いや……あの、ごめん。ボタンはあげれない……」
そう答えると、彼女は恐る恐るだが、漸く顔を上げて翼を見上げてくる。その顔は耳まで真っ赤になっていた。
「あの……他の物でもいいんです……なにか……」
そう言われて翼は困ってしまう。何か記念になる物と彼女は言ったけれど、形の残る物は渡さない方がいいような気がした。
ネクタイや他の物にも、何かしら意味があると聞いたことがある。
中学の頃から想ってくれていたのなら余計に、変な期待をさせてはいけない思ったのだ。
「これじゃダメ?」
翼は胸につけていた生花のコサージュをはずして、彼女の目の前に差し出した。
コサージュと言っても、シンビジュームの花一輪にピンを付けた手作りで、卒業生は全員これを付けている。淡いピンクが濃紺のブレザーに映えて綺麗だった。
「いいんですか?」
彼女は遠慮がちにそう訊いてくる。
「うん、ええよ」
これなら時間が経てば枯れてしまう。ずっと彼女の手元に残ることもないだろうから。
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