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弥生(4)

「ありがとうございます」  そんな物でも喜んでもらえたかどうかは分からないが、最後にそう言って走って行く彼女の後ろ姿を見送り、翼達はグラウンドへ続く階段へ向かう。 「あーぁ、勿体無いなぁ。彼女、可愛かったのに。一体何が不満なのかしらね、この子は。誰か他に好きな人でもいるの?」  後ろを振り返りながら彼女の姿が見えなくなったのを確認して、ボヤくように言った瑛吾に、翼は「お前はオレのおかんかよ」と、曖昧な笑みを浮かべた。  グラウンドをL字型に囲っている階段では、いくつかの部活が記念写真を撮ったりして、集まっていた。  その中に野球部の集団も見える。  階段のあちこちで固まっている部活の集団の邪魔にならないように、翼達は階段を下まで降りて、グラウンドを横切り正門へ向かおうとしていた。  野球部の周りだけ、やけに下級生の女の子が集まっているのは、たぶん地方大会の時に〝ノーヒットノーラン〟で一躍有名になった翔太のファンだと思う。  どうしても気になってしまう野球部の集団は、ちょうど卒業生に後輩達が花束を贈っているところだった。  後輩達に囲まれた輪の中に、翔太の顔が見える。相田も隣に立っていた。  照れながら花束を受け取っている卒業生の姿は、今日はあちこちで見かける。それら全てが卒業式の風景だ。  でも、その輪の中に水野の姿がないことに気がついた。  ──水野は野球部の主将なのに、どうしたんだろう……。  野球部の様子を横目に、ちょうどその前を通り過ぎようとした時だった。 「柏木先輩、マネージャーに第二ボタンあげないんですか?」  部員の誰かが言った言葉が、やけに大きく響いた気がして、翼の肩がピクリと跳ねる。 「そうですよ、ここでプレゼントしてください!」  一人が言い出したのをきっかけに他の部員達も騒ぎ出し、「早く、早く」と急かす声が、徐々に手拍子へと変わっていく。  周りに集まっている下級生の女の子達も騒めき始め、悲鳴のような声もあがる。 「あーぁ、翔太モテてんなー。あの分じゃ、ボタンどころか、身ぐるみ剥がされるの決定やね」 「そやな。ブレザーも脱がされるな、あれは」  近くにいるはずの瑛吾と健の声は、全部は聞こえなかった。  翼はスマホに接続したイヤホンを耳にねじ込み、音楽アプリを起動して音量を上げていたからだ。  外からの音を全て遮断したかった。  正門へ向かう足が、自然と速くなる。 「おい、どないしたん翼!」  後ろから肩を掴んだ瑛吾にも目を合わさずに、「早よ行くで、みんな先行ってしもたし」と答えるのが精一杯だった。

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