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弥生(5)
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卒業式も終わり、日を追うごとに暖かい日が増え、外に出れば春の匂いを感じることも多くなってきた。
卒業式以来、翔太とは会っていない。と言うか、あの時は翼が一方的に翔太を見かけただけで、翔太の方は翼には気付いていなかった。
よく考えると、翔太に会って話をしたのはセンター試験の朝が最後だった。その後は……2月15日の一般入試が終わった日の夜、電話で話しただけだ。
──『今度はちゃんと……翼の方から連絡してきてな』
翔太が、あの時何故そう言ったのか────その意味を、翼は分かっているつもりだ。
たぶん、翔太の方から連絡がくることは、もうないのだろう。
去年の夏祭りの夜以来、気まずくて翔太から逃げてばかりだった自分。
だけど翔太は、何度かきっかけをくれていた。
二学期の始業式の日も。
W大の合格が決まった時のメッセージも。
センター試験の日の朝も、わざわざ駅で待ってくれていた。
翼の一般入試が終わった日の夜に、突然かかってきた電話も。
全部、翔太の方からアクションを起こしてくれていた。
だから……今度は翼の方から連絡をしないといけないと自分でも分かっている。
翔太もそれを望んでいる。
だけど、翼が、どうしても会って話をすることができなかったのは────『ちゃんと顔を見て、話しておきたい事がある』と言った、翔太の言葉の意味が怖かったから。
でも、もうすぐ三月も半ばに差し掛かろうとしている。
──翔太は、いつ東京に行ってしまうんだろう。
入学式は四月だから、まだ先だろう。そう思うことで、日にちに余裕はあるから、まだ大丈夫だと、翼は無理やり自分を安心させようとしていた。
だけど、時間に余裕があっても……その時がくればちゃんと翔太に会いに行くのかと問われたら、自信がない。
その時会うのも、今会うのも、同じなのだという事は分かっているつもりなのに、なかなか行動に移せないでいた。
──もう、いっそこのまま……。会わずに時間を置いた方がいいのかもしれない。
そんな考えも頭に過っていた。
窓から入ってくる心地よい風が、春の匂いを漂わせながら、ベッドで寝転んでいる翼の頬を擽っていく。
卒業してからは、何をするでもなく、こうしてぼーっと毎日がただ過ぎていっていた。
「翼、お昼ご飯、早く食べちゃってー!」
階下から母の声が聞こえてくるのとほぼ同時に、ベッドヘッドに置いていたスマホが着信音を鳴らした。
──もしかして……翔太?
そんなことは、あるはずもないと分かっているのに、勝手に胸がドキリと跳ねる。
「すぐ行くー!」
階下へ返事をしながら、翼はベッドヘッドへ手を伸ばす。
スマホの画面に表示されている名前は、〝水野〟だった。
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