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弥生(8)

 家を出る前にスマホで調べた時刻表だと、次に来る電車に乗らなければ13時10分の新幹線には間に合わない。  歩道橋の階段を上りきる前に、電車がホームに入ってくる音が聞こえた。  新神戸方面へ向かう電車に乗るには、改札を入ってすぐのホームから、跨線橋で反対側のホームに渡らなければならない。 (間に合わない────)  そう思っても諦めきれずに、翼は死に物狂いで最後のダッシュをかけた。  改札の手前で、ピーっと車掌が鳴らす笛の音が聞こえてくる。  ICカードでタッチして改札を抜けた途端に、向こう側のホームに止まっている電車の扉が閉まるのが見えた。  それでも翼は、改札に入ってすぐのホームから、跨線橋の階段へと向かおうとした。  しかし、電車がゆっくりと動き出し加速していくのと反比例するように、翼の足はだんだんと速度を落としていき、跨線橋の階段の手前でとうとう止まってしまった。  肩を上下させ、苦しい呼吸を繰り返しながら、遠ざかっていく電車を目で追うことしかできない。  家から駅まで全速力で走ってきた翼の足は、もう立っているのがやっとなほどに、ガタガタと震えていた。  もうこれで。──もう、本当にこれで翔太に会えないのだ。  お互いの道はここで分かれて、もう二度と交わる事はない。いや、ここじゃない。去年の夏に、あの祭りの夜に、既に道は分かれてしまっていた。  胸の奥から、じわじわと熱いものが込み上げて目の前が涙で霞む。  涙が零れないように、手の甲でゴシゴシと目を擦りながら、反対側のホームへ何気なく視線を巡らせた。  通勤通学の時間帯以外は利用客も疎らで、電車が出た後のホームには誰一人いないと思っていた。  それなのに、霞んだ視界の先、反対側のホームの、今ちょうど翼が立っているのと同じ位置に、大きな荷物を肩から掛けた背の高い男が立っている。 「ちょ……マジ……なんでおるんや」  そんなに大きな声で言ったわけではなかったけれど、その声はしっかりと反対側のホームに立っている翔太には聞こえたようだ。 「翼が……来てくれるような気がしてた!」 (────え?)  ホーム全体に響き渡るような大きな声で返事が返ってきた次の瞬間、翔太は跨線橋の階段を一気に駆け上がっていく。  大きな荷物を肩に掛けたまま全速力で走るから、跨線橋の上でドタドタと派手な音が鳴り響いていた。  こちら側のホームへと階段を下りてくる翔太を下から見上げると、翼の心臓がありえないくらいにドキドキと高鳴り始めた。

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