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弥生(10)

 ──只今、電車が通過します。危険ですから黄色い線の……──  アナウンスが流れて、二人が立っている脇を回送車が走り抜けていく。  その瞬間、ふわっと引き起こる風。ガタンゴトンと車輪がレールの継目の上を通過する音。  周りの景色は動いているのに、まるで自分達の居る場所だけ、見つめ合ったまま時間が止まっているような気がした。  夏祭りの夜、一方的に唇を押し付けるだけのキスをした。  だけど、今の方が、あの時よりも互いの距離を近くに感じる。  それは、二人の気持ちが重なったからなのか。  それとも……ただ単に、腰にまわされた翔太の手が熱いからか。  そう思うと、密着している部分がじんじんと熱を持ち、身体中に広がっていく感じがした。  翼は、少し背伸びをし、僅かに顔を翔太に近づける。  ──翔太が東京に行ってしまう前に……もう一度キスしたい。  そう思った瞬間、目の前に缶コーヒーを差し出された。 「──?」 「今は、これで我慢しとき。後ろに人、おるで」  翔太に言われて、肩越しに振り向けば、数メートル後ろに白髪のおばあさんが立っていて、こちらを見ている。  顔が熱くなるのを覚えながら翔太から身体を離し、翼はプルタブの開いた缶コーヒーを受け取った。  飲み口に唇を付け、缶を傾けて喉へと流し込む。 「ぬるいな、これ」 「俺の飲みさしやからな。間接キスや」 「……あほ、恥ずかしいこと言うな」  そう返しながら、翼は去年の夏休みに、翔太が突然、家に来たことを思い出していた。  ──あの時は、ソーダ味の冷たいアイスだった。  自分も同じように、〝恥ずかしいこと〟を、こっそり考えていたっけ。 「あー、ちょっ、全部飲むなや」  恥ずかしい記憶を打ち消そうとして、一気に缶コーヒーを飲もうとする翼を翔太が慌てて止める。 「俺かて、今、異常に喉乾いとんやから……」  少し顔を赤くして、翔太は翼の手から奪い返した缶コーヒーの飲み口に唇を付ける。 (──う……っ)  それを見た翼も、また過剰に反応して、二人は互いに顔を背けてしまっていた。  ふと、空を見上げると、春の青い空に、白い飛行機雲が二本平行に並んでいるのを見つけた。  なんとなくそれが、〝ストライプ〟を連想させる。  そう言えば……と、初詣の時、水みくじの『色』の項目に、〝青と白のストライプ〟と書いてあったのを思い出す。 (……あれって、これの事やったんかなぁ……)  そんなことを思いながら、翼は口元を綻ばせていた。

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