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弥生(11)

 気が付けば、ホームに人影がちらほらと増え始めている。 「次の電車、もうすぐ来るんちゃう?」 「そうやな……そろそろ向こうのホームに戻るわ」  そう言って、跨線橋の階段を上がり始める翔太の後を少し遅れてついていく。  翼は、ひとつ息を吐き、その後ろ姿を見上げた。  追いかけても追いかけても届かないと諦めていた大きな背中は、今は手を伸ばせば届く距離にある。  まさか翔太も同じ気持ちだったとは、思ってもいなかった。  境界線を越えるのをずっと躊躇っていたのは、翔太も同じだったんだろうか。  翔太が自分と同じ〝好き〟を伝えてくれたことがこんなに嬉しいのに、それでもまだ信じられない気持ちの方が大きかった。 「なぁ、翔太……」 「ん?」  肩越しに振り向いた翔太は、遅れ気味に歩いていた翼に気付いて立ち止まる。  距離はたいして離れていない。翼はすぐに追いついた。 「ちゃんと顔を見て話しておきたい事があるって()うとったやん? あれって(なん)やったん?」  一般入試が終わった夜から、その言葉に引っかかっていた。相田のことを翔太から面と向かって切り出されるのが怖かったのだ。だから会いたくなくて、ずっと連絡するのを避けていた。  翔太が自分と同じ気持ちだったと分かった今は、何を言うつもりだったんだろうと思う。  翼の質問に、翔太は「え?」と小さく声を洩らし、キョトンとした顔をする。 「だから……さっき()うたやん……」 「……え? さっきって……?」 「そ、そんなこと、なんべんも言えるか! アホ」  少し怒ったように言い捨てて、翔太はまた進行方向を向いて歩き始める。 (……え?)  すぐに意味が分からなくて、翼はその場に立ち尽くしてしまう。  ────間もなく1号線に──方面に向かう電車が到着します────  その時、次の電車が到着することを知らせるアナウンスが流れてきていた。  翔太は早足で向こう側のホームへ降りる階段へと進み、その姿が見えなくなってしまう。 「……もしかして……」  残された翼はそう独り言を零すと、慌てて翔太の後を追いかけた。 (もしかして────そういう事?)  ホームへ降りる階段には、もう翔太の姿が見えなくて、1号線に入ってくる電車の音が聞こえてきた。翼は、焦って一段飛ばしに階段を駆け下りていく。  しかし、そんなに人は多くないのに、階段の降り口から見える範囲では、電車のドアが開くのを待っている客の中に翔太の姿が見当たらない。  翼は背伸びをして、ホームを見渡した。身長の高い翔太だから、すぐに見つかると思ったのにどこにもいない。 (……そんな……)  もうホームの端から端まで探すしかない。そう思って走りかけたその時、後ろから聞こえてきた声に呼び止められた。 「翼!」  振り返ると、階段を下りてすぐの所のベンチに翔太が座っている。  電車に気を取られ過ぎて、そこは翼の視界に入っていなかったのだ。  安堵する表情を浮かべた翼に、翔太は「ここに座れ」とでもいうように、自分の座っている横をポンポンと軽く叩いて見せた。

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