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弥生(12)

「電車、乗らんでも良かったん?」  傍まで歩み寄り、翼がそう尋ねると、翔太は少し拗ねたように尖らせていた口元を僅かに緩ませた。 「……一本くらい、(かま)へんよ」  そして翼を見上げながら、もう一度自分の座っている隣を、ポンポンと二度叩く。 「うん」と頷いて、翔太の隣に腰を降ろした翼は、伏せ目がちに視線を少し前に落とした。  プラットホームのコンクリート床にこびり付いている汚れを、意味もなくただ見つめる。  視界の端には、隣にいる翔太の膝と、その上に置いた大きな手が見えていた。 「……ホンマはな、もっと前に言うつもりやったんやで」 「……え?──」  ──何を? と言いそうになって、翼は慌てて口をつぐむ。  翔太も翼と同じ意味の〝好き〟という気持ち。それが〝ちゃんと顔を見て話しておきたい事〟だった。  勝手に勘違いして、翼はその話を翔太に言わせなかったのだ。  ──ごめん……  そう言おうとした翼よりも先に、翔太が言葉を続ける。 「去年の夏祭りの時に、言おうとしたのに……というか、()うたつもりやったのに」 「──へっ?!」  驚いた翼が思わず隣を見上げると、顔を真っ赤にしている翔太と目があってしまった。  咄嗟に二人は、互いに顔を背けてしまう。 (──嘘……あの時は、だって……)  一瞬にしてパニックになった頭の中を、翼は必死に整理しようとするが、あまりにも心臓がバクバクと鼓動を打ち、今にも気を失いそうだ。 「翼、なんか勘違いしたみたいやったし、夏休み明けに会ったら、もう一度落ち着いて、ちゃんと話そうと(おも)とったんやけど……」  そこまで言って、翔太は言葉を途切らせた。  なかなか、その先を話そうとしない翔太を不思議に思い、翼がそっと窺うように隣を見上げてみると────  翔太は口元に拳を当て、翼から顔が見えないように逆の方向を向いている。 「……翔太?」  遠慮がちに呼んでみると、小さな声が返ってきた。 「なんか、良樹と仲良(なかよ)ぉなってて……」 「あぁ、水野とは別に……」  夏休み明け──あの時は、夏祭りの帰りに送ってもらって……そこまで考えて、翼も言葉を途切らせてしまった。  あの時、キスされそうになって、そして告白されて……。結局、なにごともなく友達になっただけ……だけど、それを全部翔太に言うわけにもいかないような気がした。 「あ、思い出したら、なんかめちゃ腹立ってきた」  考え込んでいると、翔太はいきなりそう言って、翼の髪を両手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜはじめた。 「ちょっ、水野とはホンマに何もないって! 普通に友達や!」  髪の毛をぐしゃぐしゃにされながら、大きな手の下で言い訳をすると、「分かっとるわ!」と、笑い混じりの声が返ってきた。

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