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弥生(14)
嬉しくて、照れくさい。そしてちょっとだけ切なくて、胸の奥が締め付けられた。
翔太の体温に合わせるように、翼の体温も同じように上がっていく。
「オレも、何でも翔太の一番になりたいし……翔太のことは全部、オレが一番に知りたい」
そう答えると、身体の温度が更に一気に上がる。自分も同じ気持ちだという事を、ただ伝えたかっただけなのに。
実際に口に出して言ってみると、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
「うん……」とだけ、翔太は短い返事を返してきた。
繋いだ左手は、こんなに熱くなっているのに、翔太の手の温度との境目がまるで無い。
それだけで相手の気持ちが伝わってくるような気がするのは、どうしてなんだろう。
今も心臓は、ドキドキと半端なく強い鼓動を打っているけれど、翔太の隣が居心地良くて、すごく落ち着くということを初めて知った。
────間もなく1号線に──方面に向かう電車が到着します────
また次の電車が到着することを知らせるアナウンスがホームに流れた。
電車を待つ乗客も、いつの間にか増えている。
駅は、こうして何度も同じ光景を繰り返すけれど、次の電車が行ってしまえば、翔太の姿はもうここにはなくなってしまう。
──このまま時を止めてしまいたい。
そんな想いが心を掠める。
翔太も同じように思ってくれているのか、電車がゆっくりとホームに入ってきても、繋いだ手もそのままで、動こうとしない。翼の方が大丈夫なのかと心配になってくる。
「翔太……? 乗らんでええん?」
そう訊いてみると、漸く翔太は決心したように「……そやな」と、小さく答えた。
繋いでいる手を、最後にもう一度力を入れてギュッと握り、翔太はそっと翼の手を離す。
ゆっくりとだけど、確かに遠ざかっていく体温に、つい名残惜しいと思ってしまう。
ホームに到着した電車の扉が、プシューと圧縮空気の抜ける音を立たせて開く。
降りてくる人と、乗り込む人が行き交う中、翼は翔太の広い背中を見つめた。
「メールするから────」
肩越しに振り返り、そう紡いだ翔太の声は、途中から発車のブザーの音にかき消されてしまう。
「──今度はちゃんと読めよ」
次に聞こえてきた声に、胸が熱くなる。それを誤魔化す為の言葉を、翼は懸命に探した。
「〝返事送れ〟じゃなくて、〝読む〟だけでええんか」
翔太は電車に乗り込んで、入り口で翼を振り返り、笑みを浮かべてこう返す。
「ちゃんと返事送ってこい」
それに対して翼は、「うん」と、頷いたけれど、喉が詰まったみたいに声を上手く出せないでいた。
──扉が閉まります、ご注意ください──
車掌のアナウンスが聞こえてくると、何故か心が焦りだす。
まだもう少しだけ一緒に居たい……。ただそれだけが今の翼の願いだった。
気がつけば、翼は、閉まりかけた扉に手をかけて、その隙間へ身体を滑り込ませてしまっていた。
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