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弥生(16)

 こうして一緒に居られることが、すごく嬉しいのに、少しでも気を抜いたら泣きそうになる。  電車が大きく揺れると、翔太のパーカーの裾を握る手が離れそうになって、もう一度しっかりと掴み直した。  こうしている今までも信じられなくて、これはもしかしたら、手を離したら消えてしまう夢なんじゃないかと思う。  電車は確実に、別れなければならない場所まで二人を運んでいく。夢ならせめて新幹線の乗り場までは醒めないでほしい────なんて事を、翼は真面目に願っていた。 「おとなしいな、翼」 「オレは、最初からおとなしいやろ」  なんてことのない内容のそんな会話を時々交わす。  たった50分しかないのに、他にもっと話す事はないだろうかと、翼は探してみるけれど、気の利いた事は何も思いつかない。  だけど、こんな途切れ途切れの会話が、昔から二人の通常の状態だった。  翔太は元々無口だった。どちらかと言えば、翼の方がいつも翔太に話を聞いてもらっていた。嬉しいこと、面白いこと、悲しかったこと、腹が立ったこと──  今日あった嬉しいこと──それはきっと翔太も自分と同じで、無理して言葉を探す必要なんて、最初からなかったのかもしれない。  だって、それはちゃんと伝わってくる。  そう思うと、また胸に暖かさを感じて、小さな不安も遠のいていくような気がしていた。  新大阪で、翼も入場券を購入して新幹線の改札口を翔太の後に続いて入っていく。  新大阪駅が始発の東京行きの新幹線は、もうホームに着いていた。 「時間、あと10分くらいあるな……」  翔太がホームに設置された時計を見上げながら、そう言った。 「なんか欲しい(もん)ある? ジュースとかいる? あ、それか腹減ってへん? オレ、()ぉてきたろか?」  あと10分しか翔太と一緒にいられない。そう思うと落ち着かなくて、何かソワソワとしてしまう。 「あー、待て、待て!」 〝少しでも一緒にいたい〟という気持ちとは裏腹に、その場から離れようとする翼を、翔太は慌てて呼び止めた。 「腹は減ってへん。家で昼飯食ったし。飲み(もん)はさっき自販機で()ぉたやろ?」 「だってな、長旅やろ? 途中で腹減ったらどないするん」 「長旅て……俺どんだけ新幹線乗らなあかんのや……」 「でも──」  それでもまだ買い物に走ろうとする翼の腕を、翔太は掴んで引き寄せた。 「ええから、ここに()れ。翼に渡したい(もん)があったんや」  そう言うと、翔太は鞄を開けて、ゴソゴソと何かを探し始めた。

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