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弥生(17)
「これ……」
照れくさそうにそう言って、翔太は手の中に〝何か〟を握りしめて、翼の目の前に差し出した。
「……何?」
「ええから、手ぇ出し」
不思議に思いながら出した手のひらの上に、翔太がそっと置いたそれを見て、翼は目を瞠る。
「え……? これ……」
それは、金色のメタルボタン。表面にプレスされているのは、卒業した高校の校章をデザインしたもの。
上目遣いに見上げると、翔太はすぐに顔を背けてしまう。
「制服の第二ボタンって……〝一番大切な人〟に渡すもんなんやって」
顔を背けたままそう言って、チラッと視線を戻した翔太と一瞬だけ目があった。だけど翔太は、今度は身体ごと向きを変えて、翼に背中を向けてしまう。
「……いらんのやったら、捨ててええで」
「え、いや、いらんことない! そやけど……」
(──第二ボタンて……?)
卒業式の後の、グラウンドでの光景が蘇って、翼の頭は混乱していた。
「これ、え? だって、あの時、これ、相田にあげたんじゃなかったん?」
頭の中の整理がつかないまま、思った事をに口にすると、翔太は驚いたような表情で翼を振り返った。
「なんで今、由美の話が出てくんの」
「だって……卒業式の後、グラウンドの階段のとこで、野球部が集まってて……そんで……」
混乱したまま、しどろもどろに翼が答えると、翔太は「ああ、あれ、見てたんや」と、少し困ったような表情を浮かべた。
翼は、忘れていた胸の痛みが蘇ってしまう。目を伏せて、手のひらの上のボタンをじっと見つめた。──もしかしたら、これは第二ボタンじゃないのかもしれない。そんな考えが頭を過ってしまう。
しかし、翔太が続けた言葉は、それを否定するものだった。
「あの時、周りに茶化されたけど、由美には何 もあげてへんで」
「え?」
翼が驚いて顔を上げると、翔太の眉間に僅かに皺が寄る。
「なんや? 信じられへんの?」
「いや……そうやないけど……でも、翔太は相田と付き合 うてたやろ?」
「はぁ? なんでそうなるん」
今度は、少し呆れたような声が返ってきた。
(あぁー、なんでこんな話してんの、オレ……)
せっかく想いが通じ合って、しかも暫く会えなくなるこんな時に……と、翼は後悔していた。
もうすぐ新幹線は出てしまうのに、このまま、気まずいままで離れてしまうなんて……と。
素直に喜んで受け取れば良かった。そう思うけれど、もう遅い。話の流れを変えることは出来なかった。
「だってな……バレンタインの時、オレ見てしもたんや。翔太が相田にマフラー貰 てて……そんで、それを首に巻いて二人で帰ってくとこ……」
──まさかあの日の事を、自分の口から翔太に言う日がくるなんて、思ってもいなかった。
それは、翔太と想いが通じ合った今となっては、翼が一番忘れてしまいたい出来事で、できれば無かった事にしてしまいたかったから。
知らない方が良かったと思う事も、きっとある。はっきりと知ってしまえば、この先何かにつけて思い出してしまうんじゃないかと思うと怖かった。──たとえ、僅かな期間でも、翔太と相田が付き合っていたという事実を……。
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