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Growing up(3)

「ちょ……っ」  大きな声で〝彼氏〟なんて言われて慌てる翼の顔を、爽馬は楽しそうに覗き込んでくる。 「へぇ~〝彼氏〟かぁ……やっぱりそうなんや~」 (──や、やっぱりって、なんや!)  水野も前に〝同じ匂いがする〟と言っていた事があったな……と脳裏に過ぎり、一体どんな匂いなんだろうと思う。 「で? 今日はどこ行くん? もしかしてデートとか……? 翔太帰ってきとんやろ?」 「ちょっ……そんな大きい声で……」  水野の声の大きさに、周りを気にしてしまうのは翼だけで、水野も爽馬もお構いなしに話を続ける。 「どこで待ち合わせしとんの?」 「……ぱ……パイ山で……」 「おっ、偶然! ボクも今からパイ山でリッツと待ち合わせやで。おんなじやな」 「えっ、律くんと?」  パイ山とは、市の中心街の最寄り駅東口にある広場で、違法駐輪防止の為に場内に石で造られたお椀型の山のことを親しみをもってそう呼んでいて、待ち合わせスポットとなっている。  同じ電車に乗り合わせた水野が、同じ場所で待ち合わせをしていても、別に不思議ではない。  しかし、嬉しそうに話す水野の顔を見ていたら、待ち合わせをしている相手が律だということを、少し意外に思った。 「なんや良樹、やっぱりリッツって子と逢うんやん。ほな俺もついでに見に行こかな。翼くんの彼氏も見てみたいし」 「何()うとぉ! 爽馬は()んでええって。次の駅で乗り換えるんやろ?」 「ちょっと見に行くだけやん。心配せんでも、弟の恋人取ったりせぇへんて」  二人の会話に、翼は驚きを隠せない。思わず水野の耳に顔を近づけて、周りに聞こえないように小声で疑問を口にする。 「水野……、律くんと付き()うとん?」 「や、ぁん……翼ったら……僕、耳弱いんやから、やめて」  しかし水野は、耳に掛かった息が擽ったかったのか、それともワザとなのか、質問には答えずに身をくねらせながら、鼻から抜けたような声を出す。 「ちょっ! 何()うとぉ、恥ずかしい! 聞いただけやん!」  その時、爽馬が口を挟んできた。 「そっ、こいつ、俺にどうしても、そのリッツって子を会わせたくないらしくて、写真すら見せてくれへんのやで」  答えなかった水野の代わりに、爽馬の言葉が答えになった。──水野と律は友達から恋人の関係へと変わったのだ。  水野は、律との関係を前は〝友達〟と言っていた。それ以上の関係であることは、確かだったが……。その微妙な関係を変える何かがあったのだろうか。 「だってな、爽馬は可愛い子見たら、すぐに手ぇ出すんやで。そんな狼に可愛いリッツを近づけたくないのん分かるやろ?」  水野に同意を求められて、翼はただ苦笑いを浮かべるだけで、どう答えて良いのか分からなかった。 「よぅ()うわ。自分も人のこと()えんやろ? なぁ、翼くん、良樹にエッチな事されへんかった?」 「え? あ……、いやぁオレは……あはは」  そう訊かれると、心当たりがないわけでもなくて、翼は苦し紛れに笑うしかない。  それに、電車の中で話す内容でもなくて、さっきから周りからの視線が痛い。そんな翼とは違い、二人はあっけらかんとしている。  しかし電車に乗っている時間は短い。そうこうしている内に、電車は市の中心街の最寄り駅に着く。扉が開いて降りてしまえば、乗客は思い思いの方向へ散っていく。今、ここで聞いた会話も、どこかで酒の肴になるかもしれないが、もう二度と会うこともない。  そう思わないと、翼の顔の火照りは引きそうにもなかった。

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