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Growing up(8)

 **  水野と律は、これから映画を観に行くと言うので、お好み焼き屋を出て狭い階段を下りた所で二人とは別れる事になった。 「翔太、いつまでこっちに()るん?」 「今度の日曜には、戻らなあかんねん」  別れ際に、水野と翔太の会話を横で聞いていて、一週間しか一緒に居られないのかと、翼は心の中で溜息をつく。  顔に出したつもりは、なかったのに、そんな翼の様子を水野が目ざとく気付いてしまう。 「そんな寂しそうな顔せんとき。夏休みなんか、あっという間にくるし、それにボクがいつでも翼の傍に()るから寂しないやろ?」 「ちょ、オレ、別に寂しそうな顔なんか……」 「ちょっと待て、それどういう意味や。なんで良樹が()ったら、翼が寂しくないんや」  反論しようとした翼の声に、翔太の声が重なって、翼は思わず隣に立っている翔太を見上げた。大きな声ではなかったけれど、低く響いたその声に、翔太の静かな怒りを感じたのだ。  水野が翼と、いつも一緒に居られるわけもないし、これは彼のいつものジョークだと、翔太なら分かりそうなものなのに。 「嫌やわー、翔太ゆーたらヤキモチ妬いとぉわ。もぅー、冗談に決まっとぉやろ? ボクにはリッツがおるんやで?」  そう言って、水野は律の肩を抱き寄せる。 「ねー?」と言いながら顔を覗き込んでくる水野に、律は「やめてください」と、顔を背け、肩に乗っている水野の手から、スルリと抜け出してしまう。  そうして、水野から距離を取り、顔も背けたままの律だけど、その頬はほんのりと赤く染まっている。 「ま、相変わらずツンデレなんよね、リッツは。でも、そこがまた可愛いでしょ?」 「それ以上()うたら、僕、帰りますよ!」  言い合う二人の様子を見ていた翼も翔太も、思わず口元を綻ばせてしまっていた。 「俺かて、別に本気で怒ったわけやないからな」  そう言って笑顔を見せた翔太は、最後にひとこと付け加えた。 「そやけど、ホンマに翼に手ぇ出したら、絶対シバくからな」 「分かっとぉって。悪い虫がつかんように見張っといたるわ」 「見張らんでええから!」  返ってきた翔太の言葉に、水野は笑いながら手を振った。 「ほな、また夏休みな。帰ってくる時は連絡せぇよ」  そう言って、歩き出した水野に続いて、律が軽く頭を下げてから追いかけていく。  仲良さそうに肩を並べて歩く二人の後ろ姿を見送って、翔太と翼は顔を見合わせ微笑み合う。 「俺らも行こか。キャッチボール付き()うてくれるんやろ?」 「うん。約束やったからな」  あの時────自動改札機を挟んだ向こう側で、翔太が軽くボールを投げるジェスチャーをして、翼は、軽く左手を上げて、それをキャッチした。 『受験終わったら、またキャッチボール付き()うてくれる?』 『──しゃあないな、付き()うたるわ』  センター試験の日の朝、螺旋階段の歩道橋の上で待っていてくれた翔太と交わした約束は、やっと今日実現できる。

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